細胞内部のDNAは多くの「拘束具」で覆われている
植物たちの開花は温度や日照量の影響や、植物自身の体の状態に影響を受けます。
良く知られている桜の開花の場合、温度や日照量といった環境が変化すると、それに連動して遺伝子のスイッチが作動し、蕾の形成や開花が起こることが知られています。
遺伝子のスイッチのオンオフの仕組みは、DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の活性状態を変化させるだけで、望み通りの変化を起こすことが可能です。
これまでの研究により、このような遺伝子のオンオフにおいて中心的な役割を果たす複合体「ポリコーム複合体」の存在が明らかになっています。
ポリコーム複合体は特定の遺伝子の働きを抑え込むことで、季節外れの時期や植物が発芽して間もない時期に、蕾を作ったり開花が起きてしまうのを防いでいるのです。
厳しい冬や十分に育ち切っていない時期に開花してしまうことは、植物たちに致命的な栄養不足を起こす可能性があるからです。
またポリコーム複合体は私たち動物にも存在していることが知られており、二次成長関連の遺伝子を適切な時期が来るまで抑え込み、赤ちゃんのうちに思春期が起きてしまうのを防いでいます。
このようにポリコーム複合体は幅広い動植物(さらには単細胞真核生物も含む)において、遺伝子の抑制(オフ機能)を担っています。
たとえるなら、何も抑制のない状態ではDNAはある意味で「モンスター」であり、放っておけば設計図に記されたものを無秩序に作る「大暴れ」を起こしてしまいます。
そのため細胞はポリコーム複合体という拘束具を開発し、モンスターを飼いならして生命現象の調節を行っているわけです。
生命現象において遺伝子の抑制は、遺伝子の活性化と同じくらい重要と言えるでしょう。
一方で、管理された環境では少し話が違ってきます。
厳しい自然環境ではタイミングを外した開花は植物にとって致死的ですが、植物園や農場などの管理された環境では、不足する栄養を補うことも可能です。
そのため、もしこの拘束具「ポリコーム複合体」を上手く制御する方法をみつけることができれば、開花を速めて冬の桜祭りを開催したり、逆に遅くして夏の桜祭りを開催することも可能になるでしょう。
またイネなどの植物の開花時期を調整することで収穫時期を調節し、夏の終わりに起こりがちなコメ不足にも対応できるでしょう。
ただこのようにポリコーム複合体の知識はあっても、上手く制御する方法についてはまだよくわかっていませんでした。
特に、一度抑制された遺伝子を再活性化する仕組みについては多くが謎でした。
そこで今回、奈良先端科学技術大学院大学の研究者たちは、ポリコーム複合体による制御機構の解明に挑みました。