物質によって「もつれかたの違い」があることが可視化された
今回の研究では、「量子もつれ顕微鏡」を使った数値シミュレーションにより、2次元の代表的な2つの理論モデルを詳しく調べました。
1つ目は、短距離で急激にもつれが消える「イジング模型」です。
イジング模型は、簡単に言うと「スピン同士が揃いたがる性質」と「外部磁場によってスピンが回される性質」のせめぎ合いで成り立っています。
シミュレーションの結果、2次元のイジング模型では「ごく近いスピン同士はもつれているが、少し離れると急に(数値上ほぼゼロになるほど)消える」ことが確認されました。
これは、声を張り上げても近くにいる人にしか届かず、少し離れただけで会話がまったく途切れてしまうようなイメージです。
「さっきまで密にやりとりしていたのに!」と驚くほど、わずかな距離の差で、もつれという“会話”がプツリと途切れてしまう現象を、研究者たちは「突然死(サドンデス)」と呼んでいます。
また、温度が上がるほど、このもつれが消える距離がより短くなる傾向も見られました。
2つ目は、遠くまでゆるやかにつながる「フェルミオン模型」です。
電子などの「フェルミオン」が相互作用する系では、イジング模型とは対照的に、距離が離れていくにつれ“ゆるやかに”もつれが減っていくことがわかりました。
たとえるなら、舞台袖にいる音楽バンドが一斉にセッションをはじめると、ステージが広くても何とか演奏のリズムを保っているような感じです。
距離が大きいほど合わせるのは難しくなるものの、完全には途切れずに“なんとか同期”しているわけです。
さらにこのフェルミオン模型では、高温になってもイジング模型ほど急激に“もつれがゼロになる”現象は起きず、温度や相互作用の条件次第で比較的長くもつれを保つ様子が確認されました。
これはフェルミオン特有の性質(パリティ制限など)と深く関係していると考えられています。
これらの結果から、異なる種類の量子系では、もつれの広がり方や消失の仕方に大きな違いがあることが示されました。
「一部の粒子同士しかもつれていない」短距離集中型のパターンか、「離れた位置でもなんとかもつれが残る」長距離持続型のパターンかという区別は、量子物質の本質を解き明かすうえで非常に重要です。
粒子自体の種類だけでなく、粒子間のもつれパターンの違いを理解すれば、量子コンピューターや量子ネットワークの設計をより効果的に行う指針が得られます。
さらに量子もつれ顕微鏡を使えば、システムの一部を“拡大”する形で、その「もつれの度合い」や「もつれが切れる境目」をピンポイントで把握可能です。
これにより、もつれを最大化したり、壊れやすい部分を補正するための設計策が立てられます。
目がふさがっていては手探りでしか電子回路を作れませんが、目が開かれていれば細部を確認しながら組み立てられるように、量子もつれを可視化できるメリットは非常に大きいのです。
量子もつれ顕微鏡の開発は、人類に量子の世界で目を開かせる、第一歩と言えるかもしれません。
今回示された成果は、量子コンピュータや量子通信に限らず、材料科学や生物学、化学などの広い分野にも深く関わると期待されています。
たとえば、光合成の不思議なほど高い効率性にも量子もつれが影響しているという説があり、その実態が解明されれば、さらに高度なエネルギー変換技術が生まれるかもしれません。
新しい特性をもつ“量子材料”を設計するときにも、材料内部のもつれ分布を理解することは欠かせません。
このような分野横断的な応用は、量子もつれが可視化されなければ困難でした。
量子もつれは、アインシュタインの時代から物理学者を魅了してきたテーマで、現代の量子技術を支える核心とも言えます。
それが今、複雑なネットワークの向こう側にある量子の世界を、こんなにもはっきりと「のぞける」時代が来たのです。
今後、私たちが目にする量子技術の未来は、量子もつれ顕微鏡を通して鮮やかに照らし出されることでしょう。
私のイメージでは『量子もつれ』は家系図と似ている。親子、兄弟、従兄弟、夫婦などは『法律』や『感情』で強く縛られる。
更に『アダムとイヴ』の物語は『人間』と云う、弱い『量子もつれ』を表している様に想える。