石器によって広がるサルの生息域

ゴールデンベリー・カプチン(Sapajus xanthosternos)は、ブラジル東部の大西洋岸森林(Atlantic Forest)を中心とする限られた地域にのみ生息すると長らく考えられてきたオマキザルの一種です。
しかし、その森林自体が急速に開発によって破壊されており、国際自然保護連合(IUCN)による「クリティカルエンデンジャー(極めて危機に瀕している)」という指定は、生息域の消失と個体数の激減を反映しています。
ところが近年、この種が従来の主生息地よりもさらに気候条件の厳しい、雨量が少なく乾燥した“乾燥林(Mata Seca)”にも生息する可能性が示唆されはじめました。
乾燥林は、雨の少ないシーズンが長く続くため、樹木が高密度に分布しているわけではなく、食糧資源も比較的限られる過酷な環境です。
通常、こうした生息地の差異は、サルや他の動物が利用できる餌の種類や数量、さらには天敵から身を守る方法にも大きな影響を与えます。
実際に、ゴールデンベリー・カプチンの分布や生態に関するこれまでの研究は、主として湿潤な大西洋岸森林における行動パターンに焦点が当てられてきました。
そこで研究者たちは、ゴールデンベリー・カプチンが本当に乾燥林にも広く分布しているのか、またどのような行動特性が過酷な環境での生存を可能にしているのかを調べることにしました。
すると、新たに6か所の地点でゴールデンベリー・カプチンの存在が確認され、これまで把握されていた範囲よりも約19,000平方キロメートル以上生息域が拡大していることがわかりました。
特に驚かされたのは、乾燥林の複数の地点で、ヤシの実などの硬い果実を割るために石器が使われた明確な痕跡や、カメラトラップ映像にとらえられた実際の使用シーンが確認された点です。
湿潤な森林で暮らす同じ種ではほとんど見られない道具使用が、より過酷な環境下でこそ盛んに行われているという事実は、「生息地が厳しくなるほど石器使用が生存戦略として必要とされるのではないか」という仮説を裏付ける結果となりました。
また、今回の分布調査によって、ゴールデリー・カプチンだけでなく、別種のカプチン(Sapajus nigritus)が北限をさらに広げて生息している可能性も浮上しています。
これまでアフリカ西部のチンパンジーがアリやシロアリを採集し、アジアのマカク類が貝の殻を砕く行動など、道具を使う霊長類の例は知られていますが、ゴールデリー・カプチンのように環境の厳しさと石器使用が密接に結びついているケースは少ないといえます。