鉛から金を作るコストとは?:現代錬金術の本当の報酬

こうして科学の力で「鉛を金に変える」こと自体は達成されましたが、残念ながらこれで一攫千金とはいきません。
前述のように生成される金の量はごくわずかで、一瞬で崩壊してしまうため回収は不可能ですし、そもそもLHCは数十億ドル規模のコストがかかる巨大加速器です。
いくら金の原子核を作れても、経済的にはまったく割に合いません。
しかしながら、核物理の観点から見ると、この実験には極めて大きな意義があります。
高速で帯電した重イオンがすれ違うだけで原子核が電磁的に崩壊し、新たな元素を形成するという現象は、ビームロス(加速器内の粒子損失)の重要な要因と考えられています。
ビームロスが増えると実験効率や加速器寿命に影響を及ぼすため、これを正確にモデル化できるかどうかが加速器運用の大きな課題です。
今回ALICE実験が蓄積した詳細なデータは、こうした電磁的核崩壊の確率を評価する理論モデルの精度向上に役立ち、将来より強力な衝突型加速器を建設・運用する際にも大いに活用されるでしょう。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のJiangyong Jia氏も「電磁相互作用で原子核が変化する過程は、LHCのビーム品質と安定性を守る上で非常に重要です」と強調しており、ここで得られる知見は単なる“錬金術”の枠を超えて加速器科学全般に広く貢献すると述べています。
さらに視点を広げると、重元素の合成は超新星爆発や中性子星合体など、宇宙規模の極限環境で起こると考えられていますが、詳細な機構には未解明な部分も多いのが現状です。
加速器実験で明らかになった核変換の様式や反応確率の情報は、そうした天体現象や宇宙における“巨大錬金術”の解明にもつながる可能性があります。