「ASDは男性に多い」は本当か?——幼少期には見られない性差
自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的なコミュニケーションの困難さや興味・行動の偏りを特徴とする発達特性です。
診断基準は米国精神医学会の「DSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition)」に基づいており、かつては「アスペルガー症候群」や「高機能自閉症」と呼ばれていた比較的軽度のタイプも、現在ではASDに含まれます。
ASDは長らく、「男性に多く見られる」とされてきました。実際、診断比率はおよそ4対1で、男性に比べて女性の診断数が大幅に少ないという統計が広く知られています。
しかしこの「男女差」は、実際男性の方が発症しやすいことを示すのでしょうか? それとも、女性の症状が見えにくく診断されにくいことを示しているのでしょうか?
こうした疑問に対して、2025年にカナダのトロント大学、ケンブリッジ大学、カンブリッジ行動科学研究所などの国際共同研究チームは、「ASDの性差がどの発達段階でどのように出るのか?」を調べるための大規模な調査を行いました。
研究チームは、北米・欧州での複数のスクリーニングプログラムに基づき、合計2,618人の子どもを対象に調査を行いました。うち1,539人がASDの診断を受けた子どもで、平均年齢は約27か月。つまり、まだ会話も十分に発達していない、ごく初期の幼児期の段階です。

評価には、標準化された行動評価スケール(Vineland適応行動尺度、MSEL発達評価、ADOS観察診断など)に加え、親からの聞き取り報告や、視線の動きを使って社会的注意力を測定する「GeoPref視線追跡テスト」といった先進的な方法が用いられています。
これらの手法で、研究者たちはASDの症状や行動の特徴を多角的に比較しました。すると意外なことにこの調査の結果では、ASDの診断を受けた子どもたちの間では、男児と女児の間にほとんど行動特性の差が見られなかったのです。
唯一、小さな差として見られたのは「日常生活スキル(たとえば服を着る、身の回りの整理をするなど)」において女児の方がやや高い傾向にあったという点でした。しかしこれは臨床的に意味のある差ではなく、ASDの中核的な症状、すなわち「社会性」や「興味・行動の偏り」に関しては男女差がないことが明らかになったのです。
これまでの研究から、ASDの診断比率は男性が女性の4倍も多いことが示されていることを考えると、幼少期にまったく性差が見られないというのは意外に思えます。
しかし、この結果はASD症状が、女性だけ成長とともに見られなくなる(あるいは見つけづらくなる)ことを示唆しています。
ではなぜそのようなことが起こるのでしょうか? この「女性は成長とともにASD診断比率が下がる」理由には、いくつかの原因が考えられます。
ひとつは、生物学的な発達の違いが年齢とともに影響を及ぼすという仮説です。これはたとえば、思春期に分泌されるホルモンの違い、男性ホルモン(テストステロン)や女性ホルモン(エストロゲン)が、脳の社会的機能の発達に異なる影響を与えることで、性差が次第に現れてくるという可能性です。
また、重要なのは、診断そのものに用いられる評価基準が、過去の研究や診断事例の蓄積をもとに設計されているため、単に男性を中心に確立された「ASDらしさ」の基準が、女性の特性を正確に捉えきれていない可能性もあります。
ただ、こうした傾向と結びつく興味深い報告が近年注目されています。
それがASDの子どもや大人が社会の中で“普通に見せる”ためにとる、ある種の適応行動です。これは「カモフラージュ行動(camouflaging)」と呼ばれるものであり、特に女性のASDにおいて強く見られる傾向があることが報告されています。
これは、ASDは男性で発症しやすいというより、成長するにつれて、女性の方が隠すのが上手くなる可能性を示唆しています。