カフェインの二面性──日中の味方は夜の敵か
朝のコーヒー、午後の紅茶、夜のチョコレート──これらに共通するのは〈カフェイン〉という小さな刺激物質です。
カフェインは世界でいちばん手軽に使われている“頭のブースター”で、適量なら眠気を吹き飛ばし、集中力や仕事のスピードをアップさせてくれます。
しかし、光が強いほど影が濃くなるように、カフェインには“夜の顔”もあります。
就寝前に摂ると寝つきが悪くなり、たとえ布団に入っている時間が同じでも、実際に眠れている割合──〈睡眠効率〉──が下がることが数多くの研究で確認されています。
ところが「眠っているあいだの脳」では何が起きているのかとなると、話は急にぼんやりします。
脳波計(EEG)のデータは山ほどあるのに、カフェインが睡眠中の脳回路をどう揺さぶるのか、年齢によって影響が変わるのか、といった核心部分はまだ霧の中でした。
特に鍵を握るのが脳信号の入り組み度(専門用語でエントロピー)と、クリティカル状態と呼ばれる絶妙なバランスです。
クリティカル状態をイメージするには、オーケストラのリハーサルを思い浮かべてください。
音が小さすぎると静まり返ってメロディーが立ちません。
かといって全員が好き放題に鳴らせば、耳を覆いたくなる不協和音になる。
クリティカル状態とは、その“ほどよいハーモニー”が生まれる瞬間──いわば「絶妙な覚醒バランス」です。
最新研究が暴くカフェインの効き目の正体
朝の一杯で頭が冴える──その瞬間、脳内ではアデノシン受容体がカフェインにブロックされ、眠気のシグナルが封じられます。しまし近年の脳波研究は「覚醒=オン」だけでなく、脳のダイナミクスを“クリティカル状態”へ押し上げる作用に注目しています。クリティカルとは秩序とカオスの境目。情報処理効率が最大化し、創造的な発想や素早い判断がしやすくなる領域です。昼に飲むコーヒーが会議での即興発言やゲームの反射神経を底上げする経験は、ここに由来する可能性が高いと考えられています。一方、クリティカル状態は常に良いわけではありません。脳はエネルギーを多く消費し、内部ノイズも増えるため集中と散漫が紙一重になります。午後に“カフェイン切れ”でどっと疲れるのは、臨界点からの揺り戻しとも解釈でききます。
このゾーンに入った脳は、情報を最速でさばき、変化にすばやく対応し、学習や判断を効率よくこなせると言われています。
モントリオール大学の研究チームは、「カフェインは日中に私たちをクリティカル状態へ押し上げる。それなら眠っているあいだも、脳を半覚醒モードに留めてしまうのではないか?」という疑問を抱きました。
もしそうなら、深いノンレム睡眠で行われる“脳のメンテナンス作業”――記憶の整理や神経細胞の回復――が阻害されるかもしれません。
さらに、カフェインが作用する〈アデノシン受容体〉は年齢とともに減少するため、20代と40代では影響の強さが違う可能性もあります。
そこで研究者たちは、若年層と中年層を対象に、カフェインを飲んだ夜と飲まなかった夜の脳波を徹底的に比較し、「眠っている脳が本当にクリティカル状態へシフトするのか」を調べる大規模実験に踏み切りました。
本研究は、その“夜の脳内ドキュメンタリー”の最新リポートです。