カジノの『青い光』があなたの財布を狙っている
カジノの『青い光』があなたの財布を狙っている / Credit:Canva
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カジノの『青い光』があなたの財布を狙っている (2/3)

2025.06.23 21:00:41 Monday

前ページ『100ドルの痛み』と『100ドルの喜び』の心理学

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カジノの『青い光』が人のブレーキを緩める

カジノの『青い光』が人のブレーキを緩める
カジノの『青い光』が人のブレーキを緩める / Credit:clip studio . 川勝康弘

もし、カジノの煌びやかな青の照明が本当に私たちの「損したくない」という感情を鈍らせ、知らず知らずのうちに危険な賭けをさせているのだとしたら、それはいったいどのような仕組みで起こるのでしょうか。

その謎を解明するため、研究者たちはまず参加者たちに異なる種類の照明を浴びせながらギャンブルのような意思決定をする実験を行いました。

用意されたのは2種類の照明です。

ひとつは青みが強く、カジノのような冷たい青白い(色温度約6500K)で、もうひとつは青色を極力減らした暖かな黄白色の光(色温度約2700K)です。

ただし、明るさはどちらもオフィスの室内程度に統一されており、違いは色の成分だけでした。

参加者はそれぞれの日に別々の照明を浴びながら、パソコン画面でお金を賭けるゲームをしました。

ゲームのルールはシンプルで、例えば「50%の確率で24ドルもらえるが、50%の確率で18ドルを失う」というリスクのあるギャンブルに挑戦するか、もしくはリスクを避けて「必ず2ドルだけもらえる」という安全な選択肢を取るかを選ぶというものです。

この選択を何度も繰り返してもらい、参加者がどの程度リスクを恐れて安全策を選ぶか、または逆にどのくらいリスクを取るかを測定しました。

すると青い光をあまり照射していない場合、リスクがあるギャンブルを選んだ男性参加者は55.13%で、女性参加者36.05%となりました。

なぜ「儲けが少ない安定」を選ぶ人が多いのか?

冷静に考えれば「50%の確率で24ドルもらえるが、50%の確率で18ドルを失う」というギャンブルの1回あたりの期待値は3ドルであり、必ず2ドルもらえるほうの期待値は1回あたり(当然ながら)2ドルとなります。にもかかわらず、多くの人が「確実に2ドルを受け取る」という儲けが少ない安全な選択をするのはなぜでしょうか?

この理由を理解するカギは、先にも述べた人間の「損失回避」という心理的傾向にあります。私たちの心は、同じ金額を得たり失ったりしたときでも、その感じ方が非対称です。つまり、100ドルをもらった喜びよりも、100ドルを失った痛みの方がずっと強く感じられるということです。これは心理学では「プロスペクト理論」として知られています。

ギャンブルのような場面では、人間は損失の可能性があるというだけで強い不安を感じ、その不安を回避するために、利益は少なくても確実な方を選ぶ傾向があります。仮にリスクのある選択肢が長期的に有利でも、目の前の損失を恐れる気持ちの方が強く働いてしまうのです。

つまり人間は本質的にギャンブルに向かない性質を備えている訳です。

人間が持つこうした心理的なクセは、日常生活のさまざまな意思決定に影響を与えています。株式投資でも、長期的に利益が出ると分かっていても目先の損失を恐れてしまい、結果として利益を逃してしまうということは珍しくありません。

しかし豊富な青い光を照射すると様子が違ってきます。

青みが強い照明の下では、参加者たちは明らかにリスクのある選択を積極的に取るようになりました。

具体的にはリスクがあるギャンブルを選んだ男性参加者は60.27%で、女性参加者39.7%と両方ともかなり増加しました。

つまり、青白い光を浴びると人は損失をそれほど怖がらなくなり、「まあ負けても仕方ないか」と考えやすくなったのです。

この違いは統計的にもはっきりと確認され、特に損失を恐れる心理の程度を表す「損失回避係数(λ)」という数値が、青い光の環境では大きく低下したのです。

研究チームはこの結果を、「青色が少ない照明環境では、参加者は『100ドルを失う痛み』を『100ドルを得る喜び』よりずっと強く感じていました。しかし、青色の強い照明下ではその痛みが薄れ、人々は損することをそれほど悪いことと感じなくなったのです」と説明しています。

また、数値を比較してもわかるように、男女の違いも興味深い結果を示しました。

男性は特に青色の光の影響を受けやすく、普段よりずっと大胆にリスクを取るようになったのです。

女性も青い光の下では普段より少し大胆になりましたが、それでも男性ほどの積極性は示さず、全体的に慎重さを維持していました。

これは「男性は元々リスクを取りやすく、女性は損失への恐怖心が強い」という以前から知られていた傾向とも一致しています。

なぜ男性より女性は損失回避傾向が強いのか?

プロスペクト理論が示す「損失は同じ金額の利益よりも強く感じられる」という傾向は、人類共通の心のクセとしてよく知られています。しかし、さまざまな実験を通じて、この傾向が特に女性で強く表れることが明らかになってきました。その背景には、生物学的な要因、脳神経学的な要因、社会心理的な要因が複雑に絡み合っていると考えられています。

まず、生物学的には男女のホルモンの違いが影響しています。女性ホルモンの一つであるエストロゲンは脳の扁桃体の働きを高める傾向があり、危険や損失に対する恐怖や不安を感じやすくします。一方で男性ホルモンであるテストステロンは、脳の報酬系を刺激して楽観的な判断を促進し、リスクを積極的に取る方向へ働きます。

脳神経学的にも、男女間で異なる活性パターンが観察されています。リスクのある選択をする際、女性では損失や危険を感じる領域(扁桃体や島皮質)の活動がより強く表れるのに対して、男性では利益や報酬を感じる領域(線条体や外側前頭前野)の活動が活発になります。

さらに、社会的要因も重要です。一般に幼少期からの社会化の過程で、女性は「失敗を避けて慎重になること」や「協調的に安全な道を選ぶこと」を教えられることが多く、その結果として、損失や危険に対する感受性が自然と高まる傾向があります。また、心理学的な調査から、女性は男性よりも不安やネガティブな感情を強く感じる傾向があり、こうした感情の強さが「損をすることへの恐怖心」をさらに押し上げている可能性があります。

つまり、こうした生物学的・脳神経学的・社会心理的な要因が重なり合って作用するために、女性は損を避ける行動を取りやすくなり、結果として男性よりもプロスペクト理論の典型的な傾向(損失回避)に忠実に従いやすいのです。

今回の論文でも、男女間に明確な差が見られています:

  • 女性の損失回避係数(λ)は約1.4〜2.0(損失回避が強い)

  • 男性の損失回避係数(λ)は約0.8(損失回避が低く、むしろ利益を求める傾向がある)

損失回避係数(λ:ラムダ)とは、簡単に言うと、「人が利益よりも損失をどのくらい強く嫌がるか」を数字で表したものです。

  • λが0に近いときは損失を全く気にせず100円得る喜びは感じても100円失う痛みは感じない状態です。

  • λが 1に近いとき は、「同じ金額の損失と利益をほぼ同じくらいの強さで感じる」ことを示しています。
    たとえば、100円得る喜びと100円失う痛みが、ほぼ同じくらいの強さで感じられる状態です。
  • λが 1より大きくなると、「損失を嫌う気持ちのほうが強くなる」ことを示しています。
    たとえば、λが2ならば「100円を失う痛みは、100円を得る喜びのちょうど2倍くらいの強さで感じる」ということです。この場合、人は利益を追求するよりも、まずは損失を避けようとする傾向が強くなります。

  • 逆に λが 1より小さいとき は、「損失をそれほど気にせず、むしろ利益を追い求める」状態を示しています。
    例えば、λが0.5の場合、「100円を失う痛みは、100円を得る喜びの半分くらいにしか感じられない」ということで、人は積極的にリスクを取って利益を求める傾向になります。

つまり、カジノやギャンブル施設にあふれる青白いLEDの照明が、人々の判断力に直接影響し、「負けてもまあいいか」と感じさせてしまうことで、普段以上に危険な賭けをさせることを実証したわけです。

それでは、なぜ青い光が私たちの判断をここまで変えてしまうのでしょうか?

この現象の背後にある脳のメカニズムについて、次のセクションで詳しく見ていきましょう。

次ページ青い光は『脳の警報装置』を切るスイッチだった

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