「倍速の達人」でも安心できない理由
メタ分析に含まれていた1つの研究では、高齢者(61〜94歳)と若年層(18〜36歳)を比較していました。
その結果、高齢者では倍速視聴の悪影響がさらに大きくなることが判明しています。
高齢者の脳では、ワーキングメモリや注意の維持能力が年齢とともに低下しているかもしれず、通常の速度、あるいは通常よりも速度を落として視聴することが推奨されます。
一方、多くの若者はこう感じるかもしれません。
「自分は2倍速に慣れてるから問題ない」
確かに、普段から倍速視聴をしている人ほど、初めての人よりはうまく対応しているように見えるかもしれません。

しかし、ピアス氏らの指摘によれば、この“慣れ”が記憶保持に対する悪影響を軽減するという科学的根拠は、まだ存在していません。
つまり、「若者のほうが倍速視聴に強い」のは事実かもしれませんが、現段階では脳の処理能力そのものが適応したという証拠はないのです。
さらに興味深いのが、倍速視聴によって「視聴の満足感や楽しさが落ちる」という点です。
たとえ記憶力にほとんど影響がなかったとしても、1.5倍速以上では「動画を見ている満足感」や「楽しさ」が低下するという報告が存在します。
これにより学習や情報収集のモチベーションが低下する恐れがあります。
倍速視聴は、現代の情報過多社会における効率的なツールとして重宝されています。
しかし速すぎる倍速視聴は「記憶」や「楽しさ」を犠牲にする可能性があり、それは本末転倒です。
「等速でじっくりと動画を味わう」という意識こそが今の私たちには必要なのかもしれません。
早口だったら1.5倍とか1.25倍とかにする流石に
ほんとだ。顔がうんちマンになってる
倍速視聴する人たちは明らかに作品ちゃんと見てない感想とか普通に言ってくるのでわりと嫌いです。
どう見るかは自由だと思うので、倍速で見ることを非難するつもりはないですけど。
作品に興味があって見ているのなら忙しいとか言わないで見るための時間きちんと作ってゆっくり楽しみましょう。
好きじゃない作品を嫌々見ているとかなら倍速視聴でいいと思うのですけどね。
何でもかんでも倍速で見る人ってそれのこと好きじゃないんだろうなって思うんです。
仕事でもないのに好きでもないことをやるというのはどうなのかなと。
あくまで個人的な意見だけど、そもそも仕事してたらそんな時間無い。
仕事が終わってようやく自分の短い自由な時間の合間に見てる人もいる訳であって、時間を作れと言われても作れない人もいると思う
倍速で見ることをあからさまに非難してると思うのですが…
好きじゃないだろうとかちゃんと見てない感想を〜とか根拠もないことを好き嫌いで断じてますやん
むしろこれだけコンテンツが溢れているご時世に等速にこだわる人はたいそう趣味の幅が狭そうだと感じます
「倍速で見る事を」と言うとちょっと語弊があるのでは? 正確には「倍速で見て内容ちゃんと理解できてないのに的外れなコメントをする事」を言いたいんだと思います。
動画に限らず作品を公開する時ってたいてい「何か伝えたい事」があるので、感想コメントがちゃんと内容見てるかどうかって結構わかる物ですよ……たとえコメ主が尊敬する人や気が合う友人でも……実際に作品あげてコメント貰ってみるとわかります。まぁ人によって注目するポイントが違うので仕方ないのですが。
趣味の幅は広くてもいいですし深くてもいいと思うので、見た人が見た人なりに「見て良かった」と思える楽しみ方してくれると嬉しいですね。情報発信する側としては。
それ以降に口出す筋合いはあんまりありませんし(誤解や誹謗中傷などは”あんまり”の外側とする)
>正確には「倍速で見て内容ちゃんと理解できてないのに的外れなコメントをする事」を言いたいんだと思います。
書いてもいないことを妄想で補完する方がおかしいですよ、語弊があるのは元コメント。
>倍速視聴する人たちは明らかに作品ちゃんと見てない感想とか普通に言ってくるのでわりと嫌いです。
元コメはこう述べていて、ここに飛躍と決めつけがあると言ってます…倍速視聴する人イコール作品ちゃんと見てない感想とか言う人、という決めつけがあるよね?
言葉足らずならば説明不足でしたと認めればいいのですよ。他責は良くないです。
そもそもひとか倍速視聴してるかどうか知る機会ある?逐一そこを聞いて意見交換してるのかな?
むしろ速度下げると理解度が高まる気がするよ
普段から2.4~3倍で視聴してますが、それに慣れてるので映画館とかだと遅くてイライラする。確かに1倍速だと遅いので画面の様々な所に気づくが、私がある映画に関して周囲と理解度・気づき等を比較したとき、1回の視聴で他者の4~5回視聴分くらい理解・気づきがあることが判明した。(周囲の人は一般的な知能を有している)
一般に当てはめる研究なので間違いとは思っていないが、少なくとも私個人には当てはまらない内容だと感じた。
満足度に関しても、2倍以上の方が個人的に満足する。先の通り1倍だとイライラするので。
あと好きな作品を1倍で見るなら2倍速で2回見た方が満足度高い。ちゃんと見てないという意見は分かるし、事実その人の周辺人物がそうなのかもしれないがそれは能力の違いだろう。少なくとも私は他者と比較して的外れな解釈をした試しはない。(能力(慣れ等)によって差があるとはこの記事・文献では主張していないのでここでそれを主張するのもあれですが)
また、これも個人的なことだが、高速視聴で頭の中をいっぱいにして処理してる状態が心地よい。好きな作品の考察もしながらだとなおのこと。
君、勘違いし過ぎじゃない?
あくまでそれは君が普段から色々な映画を見慣れてただけにすぎないかもしれない、あるいはその検証をする際は集中してみたことによっての結果で普段いつもそのくらい集中して見ているとは、見れるとは限らない。もし等倍で視聴した際に友人の4倍近くの情報を得られたなら、君はものすごく無能な友人を持っていて、かつせっかくそれだけの理解力があるのに倍速視聴によってそれを損なっているのだ。
僕は基本、YouTubeやその他SNS以外、つまりは映画等の作品を倍速で見るやつに対してあり得ないほどの嫌悪感と哀れみを抱くが、君の言う「高速視聴で頭の中をいっぱいにして処理してる状態が心地よい」と言うのは、単に思考を放棄してその場のドーパミン快楽に浸ってるに過ぎない。それは真に作品を鑑賞したとは言えず、「消費した」にすぎないのだ。
君、勘違いし過ぎじゃない?
あくまでそれは君が普段から色々な映画を見慣れてただけにすぎないかもしれない、あるいはその検証をする際は集中してみたことによっての結果で普段いつもそのくらい集中して見ているとは、見れるとは限らない。もし等倍で視聴した際に友人の4倍近くの情報を得られたなら、君はものすごく無能な友人を持っていて、かつせっかくそれだけの理解力があるのに倍速視聴によってそれを損なっているのだ。
僕は基本、YouTubeやその他SNS以外、つまりは映画等の作品を倍速で見るやつに対してあり得ないほどの嫌悪感と哀れみを抱くが、君の言う「高速視聴で頭の中をいっぱいにして処理してる状態が心地よい」と言うのは、単に思考を放棄してその場のドーパミン快楽に浸ってるに過ぎない。それは真に作品を鑑賞したとは言えず、「消費した」にすぎないのだ。
速読術とか信じてそう。
見慣れた映像なら理解力も高まると思うけど⋯
まあ、娯楽作品だから理解した気になるくらいで、良いのかな。
自閉症の人とかで、一度見たものは忘れないとかすごい能力を持ってる人がいるけど、あなたも科学的に検査してもらえれば、なんらかの能力を証明できるかもね。
途中で見飽きるよりは倍速で全体像を把握した方が良いと感じる。
幼児教育では、音声データの5倍速とかあり、効果を上げているので、適応できるタイプか否かを調べないとあかんやろ。
速度にワーキングメモリが追いつかない者と、追いつく者とでは結論が真逆に出ないか?
遅速も含め、幼児教育(の高速学習)を受けた者か否か、とか、もう少し広範囲で、閲覧速度の理解度の関係性を緻密に実験してほしい。
だいぶ前だが、英語(語学)学習には倍速再生が効果的ともっともらしい説明がされた教材販売を見ました。
ありゃ嘘だったんかい!
あったわw
懐かしい
英文読んで、だんだん早くしながら聞くやつね
たぶん実際に効く
倍速視聴する際の問題は情報密度ではなく滑舌の悪さを倍速変換した場合の耳障りなノイズと聞き取り難さにある。
局所的に早口になったりせず一定リズムで判別しやすい発音であれば3倍速であっても問題とはならない。
速くなるほど子音が潰れやすくなる
ゆっくり動画なんかだとだいぶ耐える
『普通の人』が倍速で見て理解率75%位なら、慣れてる人なら99%位っていう人もいるだろう。75%になっても、時間効率が倍だから、全体で見れば、1.5倍学べると考えると悪くはないかな。
学習とかに関しては、ポイントだけ押さえて教えてくれる教師がいれば効率が上がるのと同じことだと思うけどね。
映画はどうかと思うが、大量のレビューを書かないといけない人は倍速以上で見てるだろうし。要は必要とされる場面とツールが現代社会に揃ってるだけで、どう使うかは人の勝手ってことかと。
あらすじ的なリテラルな情報を受け取りたいか、クオリア的な情報を受け取りたいか、でしょうね。
神は細部に宿る。
体験として消費するか、記号として消費するか
ですね
俺はうんこを倍速排泄して時間を有効活用してる
みんなもやろう
そのうち裂けるで
小便も同時にすれば一石二鳥や
コメ欄 見てて唯一 笑ったコメントだわ
うんこは偉大だな
内容の理解うんぬんより、
再生速度を上げると
音が変わるのが気に入らないので、無理。
人により言語の理解速度はかなり幅がある。平均すれば「害がある」人もそりゃ出てくるだろう。
不思議なのは「本を(斜め読みではなく)速く読める人」は別にこういうふうに批判や感情的に嫌悪されたりしないこと。知人は本や論文を「普通の」人の数倍のスピードで読み、そして「普通の」人よりもより良く、深く理解と記憶をしている。その人に「ゆっくり読んだらどうなる?」と訊いたら「フォントとか紙の汚れとか段組みなどノイズが目に入ってちゃんと理解できなくなる」という。そんな読書体験を「作者」は意図していないだろう。
それと同様のことは動画にも起こる。私はだいたい、普段は映画などを3倍速で視聴しており何の問題もない。「製作者が意図した「間」が…」という指摘をされたが、「間」は「普通に」受け取れる。何故なら、「間」は「絶対的時間」ではなく「全体の一部」だから、全体が3倍速であれば脳内での受け取られ方は変わらないのだ。
そしてたまに、映画館で「等速の」映画を観ると、非常にまだるっこしい。秒24コマのパラパラが気になり、周囲の細かい状況など、恐らく製作者が鑑賞者に受け取ることを期待も意図もしていないだろうノイズが気になって、本筋に集中出来ない。もっとも、三十分ほど「我慢」すれば脳も馴染んでくるのだが、そういう我慢も、無用な我慢といえる。
速読も倍速視聴もやっていることは同じだ。ただ倍速視聴の場合だけ妙に感情的に反発する人が出てくるのは面白い心理現象だとは感じる。倍速視聴は、いったい人のどんな琴線に触れてしまうのか。ぜひ、そっちの心理現象についての研究をして欲しい。
等速(以下)視聴したい自分としては、倍速視聴や速読をする人なりの楽しむ工夫としての話は興味深いですね。
「話の主題」に注目したいから、ノイズとなる要素が頭に入らない様にする、という理屈を聞くとある程度納得感があります。
個人的には、煙の動きや服の揺れ方、空気中の塵の動きに作者の意図や表現技法が詰まってると思う(特に本来描かなくても話が進む物)ので、基本等速視聴か、気になるシーンはいっそコマ送りで見る事があります。
これは多分ゲームのサブクエとか実績とか全部クリアしたい人の心理に似てて、「作品に込められた魅力や工夫を余す事なく楽しみたい」という考えによるもの……かもしれません。
あえて自他境界を無視して言うなら、「せっかく作り込まれてるのに楽しまないのはもったいない!」という心理になるかもしれませんね。ごはんつぶ残されてる気持ちになる。
速読に反対意見が出にくいのは、本という媒体は基本的に時間コントロールする機能が無いメディアだからかと思います。
他のコメントでもありましたが、(意図はともかくとして)「あらすじ的なリテラルな情報を受け取りたいか、クオリア的な情報を受け取りたいか」の個人差がこういった楽しみ方の違いに出ていると思います。たぶんそれぞれが楽しみたい情報を選ばんとした工夫なのでしょう。
特にあなたの言う「恐らく製作者が鑑賞者に受け取ることを期待も意図もしていないだろうノイズ」を避けようとする心理は非常に納得感があります。
こういう考えが知れると、ごはんつぶを残してるのではなく、魚の骨を外してる感覚なんだろうなと思えますね。
「この映画を自宅のテレビ放映で観ただけの奴に感想を言われてもねえ」のような狭量さを感じるな。
これが確認者の確認に通ったコメントとは思えない。笑える也
このゴミが通過してるんだからフィルタがザルなのは自明。
興味深い。高速道路から降りた瞬間のあの普段の60km/hが遅く感じる現象。あれも同じことじゃないのか?普段から倍速に慣れている視聴者は情報処理の速度が上がっているのかも?
個人的な体験からだと動画の内容によるとは思うが。初めて聞く話や思考力を要求される内容は倍速だと記憶の定着や理解度は落ちる気がするな。一方で既に知っている内容や繰り返しの視聴だと、脳の情報処理にかかる負荷はそこまである気はしない。
人によっては理解度に合わせて時間の配分など勉強方法に活かせるかもね。
講義動画だと倍速再生してまず要旨を抑えたいかな。そっからもっかい見直して、今度は先生の補足情報とかを聞けるようにしてる。たまに人前で話すことあるけど、そういう時に話すことって大事なことの中でも、相手が理解しやすいようにさらに厳選した情報を伝えてるから、先生が話す内容の大事さが分かるようになった。
オフラインで話聞くのがどうも苦手で、あらかじめ要旨を把握できてれば克服できることに気づいた。
要は使い方次第じゃないかと
極端な例だけど、あなたが野球中継の録画を倍速で視聴していると、投手は300km/hの速球を投げ、それを打ち返したランナーは2秒で一塁に到達するのだが、それは果たして鑑賞していると言えるのだろうか。
読書においては問題となり難いが、動画においては「時間を無駄に消費させる」デメリットが顕著であることからも倍速対応したフォーマットに準拠していることは極めて重要でしょうね。
視聴者の「時間を奪わない」コンテンツ作成指針およびそのための指標設定はその有用性に大きく寄与するでしょう。
どうでもいい動画や講義系だったら倍速するけど好きな作品・面白いと思った作品は背景に流れる音楽や雰囲気も全て楽しみたいからそれを台無しにする倍速はしない。
映画とかアニメ倍速にする人ってそこら辺理解できてないから感性が鈍感だよね
速聴で脳開発みたいな広告とかあったけど
効果が無いどころから悪影響の可能性があるのか・・・
映画を倍速で観る人は音楽好きじゃないんじゃないか。たしかに内容薄いし演出の意図も不明瞭で飛ばしたい作品もたくさんあるけれど。映画も音楽もものによりで。倍速再生みたいな音楽もありますしね。
時間は大切に。
効率を考えるあまり、映画などは特に雰囲気や音楽、リアルに見せかけた音。それらが合わさって作品となり芸術となり人々に伝える。
倍速で見れば作品を観たとは言えない。
話しを知った程度。
時間がないなら観ない方が良い。
他に時間を充てるべき。
特に映画は普通に観ましょう。
流れている動画の「情報」が欲しい時は倍速で視聴する
等速だと情報が入ってくる速度が遅くてイライラする
元々、動画で情報を得ることが嫌いだったが、テキスト情報だと自分のスピードで読めるからだと気付いた
そして、動画を倍速にするようになってから、イライラが無くなった
自分にとっては、1.5倍速~2.5倍速くらいが情報を入力処理するのにちょうどいい速度
一方、好きな音楽や映画やアニメなど「そのコンテンツそのもの」を味わいたい時は等速で視聴する
じっくり味わって楽しむので、これは等速でも全くイライラしない
完全に、100%、同じタイプです…!
速聴をするとある能力が上がると言う
みんなが速聴をすると面白いことが起こるのでは…
等倍と倍速で一度だけ動画みただけで
等倍の方が記憶に定着しました!と言われてもそらそうやろという感想しか出て来ない
まぁ、そのそらそうやろが大切ではあると思うんだけどね
一つ思い付いたのが本の速読という技術
一度の読書は斜め読みしながら本当に読んでるの?みたいな速度で目を滑らせる
そして何度も何度も繰り返し、読み返して理解を少しずつ深めていく
動画の倍速視聴講義も2倍速なら2回見れば
等倍の人よりも理解が深まる可能性はある
同じ映画でも2回、3回と繰り返し視聴すると別の発見や楽しみが見つかるしね
複数回の視聴も含めて、それを調査・研究に出来れば更に有意義なデータも取れたかもしれないね
家事の合間にあらすじだけ知りたい作品とかは倍速かなぁ。気になるけどちょっと興味あるだけのコンテンツと、全部終わって一息つきながら見たいコンテンツは分けてます。倍速で見てる最中も「これは…倍速で見たらもったいないな」って思ったら、後でじっくり見たりします。
2時間の講義動画2倍速で見てるけど、途中で寝て巻き戻して再生して、ってやってたら結局2時間かかってるわ。
個人的な意見です。
倍速で様々なコンテンツを楽しむ方々にワタシ個人的には何も言うことは無いです!
ワタシは一切しませんが。
耳コピの為に音楽を半分の速度で聴く事はありますけど…笑
仮に常に音楽を倍速で聴いていると本来の楽しみが半減しそうです笑
個人的には言葉も音楽も似たようなものだと思っていますね。
それとワタシ個人的には現在より一昔前の人達の方が情熱や想像力や瞬間的な頭の回転も上のような気さえしています。
様々な便利さと引き換えに気付かないうちに色々と失われたものもあると思うのです。
ワタシと同じように感じてくださる方もそうでない方も様々だと思います。
考え方や感じ方は人それぞれなので個人個人で思うようにすれば良いんじゃないでしょうか。
某大手のクリエーターより。
「映画鑑賞」と「読書」の違い。
「映画鑑賞」:
宮崎駿の絵コンテ集等を見ると、何故このカットが~秒で構成されているのか。「時間芸術」としての映画の「本質」が解る。映像作家が、そうした意図に基づき緻密に構成したものを、「倍速」にすることがどういうことなのか。
「読書」:
「速読」の話しが解りやすいが、読書にかける「時間」は作者ではなく「読者」に委ねられている。映画に例えれば、監督は読者。鳥山明が小説を読む時、頭に映像が浮かぶまで、繰り返し同じ所を読むといった話しがあった。この事例は直感的で、誰にでも当てはまる。
***
「機能」:
端的には、「映画」は「読書」と違って受け手が本来「倍速」にすることが出来ない「表現」だった。それがハード・ソフトの「機能」によって、出来るようになってしまった。そのため、こうした問題と、それに類する議論が生じるようになった。
解説動画を倍速で見た後、同じ動画を等速で見ると解説者の頭が悪そうに見える