ツボクサの細胞から放たれる小胞(EV)に着目

もしかすると、髪の毛には宅配便が必要だったのかもしれません。
お風呂の排水口に絡まる抜け毛や、朝起きたとき枕についている髪の毛を見て、「あぁ、もっと簡単に髪が増えたらいいのにな…」と思ったことはありませんか?
実際、男性の約半数、女性でも3~4割が一生のうちに薄毛に悩むとされています。
つまり、薄毛の悩みはもはや特別なものではなく、とても身近な問題です。
こうした薄毛対策として育毛シャンプーや市販の育毛剤が使われますが、劇的な改善はなかなか難しいのが現実です。
そのため、病院で処方される医薬品を使うケースも増えています。
代表的なのは「ミノキシジル」という頭皮に塗る薬(毛根を刺激して髪を育てる働きがある)と、「フィナステリド」という飲み薬(脱毛を引き起こすホルモンの働きを弱める)です。
ただし、これらの医薬品は使っている間は効果がありますが、やめると元に戻ってしまったり、場合によっては副作用が出ることもあります。
こうした課題があるため、近年はもっと安全で使いやすい新たな方法が求められていました。
そこで研究者たちが注目したのが、ツボクサという植物です。
ツボクサはインドや東アジアで「傷や火傷の治りを早める薬草」として古くから利用されてきました。
この植物に含まれる成分は、皮膚の細胞がコラーゲンというタンパク質を増やすのを助けたり、傷ついた皮膚を修復する作用があると、多くの研究でわかっています。
最近は傷だけでなく、スキンケア製品にも使われ、肌に潤いやハリを与えるとされます。

さらに近年の研究で、ツボクサの細胞が作り出す「小胞(EV)」(細胞が放つ極小の膜の袋)も注目されています。
小胞といわれると難しそうですが、要は「植物細胞の一部の成分を詰め込んだ、目に見えないほど小さな宅配便」のようなものです。
この小胞は直径数十~数百ナノメートル(1ナノメートルは1ミリの100万分の1)という極小サイズで、植物が作ったタンパク質や遺伝情報、栄養分を運ぶ役割があります。
こうした小胞が人の皮膚細胞にまで届いて、中の成分を送り込むことで効果を発揮することもわかってきました。
ツボクサ由来の小胞を使った肌ケアの研究も進み、28日間使うと肌の水分や弾力、キメが良くなるという報告もあります。
予備的な臨床研究でも、ツボクサの小胞が肌の潤いやハリを改善する可能性が示されています。
つまり、植物が作る小さな宅配便が実際に人の肌細胞にも届き、役立つ証拠が増えてきたのです。
コラム:ツボクサの何が特別なのか?
ツボクサは、インドや東南アジア、中国などの湿地帯に自生する、セリ科の小さな植物です。昔から伝統医学の世界では重宝されてきて、傷や火傷を治す薬草として知られているほか、インドの伝統医学アーユルヴェーダでは、記憶力や集中力を高める効果があるとして長く愛用されています。欧州医薬品庁(EMA)のハーブ評価書や総説論文は、ツボクサ抽出物が創傷治癒の過程でコラーゲン合成や血管新生を後押しし、炎症シグナルを和らげる可能性を整理しています(有効成分群:アシアチコシド、マデカッソシド、アシアチン酸、マデカッシン酸など)。
では、近年よく耳にする「ツボクサの小胞(植物由来EV)」はなぜ特別視されるのでしょう?ポイントは“中身”と“運び方”の相性にあります。まずツボクサは、先述のトリテルペンをはじめ、抗酸化・抗炎症に関わる成分群に富んでいます。次に、植物が自ら放出する極小の膜の袋——植物由来の小胞は、タンパク質や脂質、RNAを包んで細胞にメッセージを届ける“天然の小包”です。皮膚領域のレビューでは、こうした植物小胞が角層の脂質と親和しやすく、角化細胞や線維芽細胞に取り込まれて、細胞移動の促進、炎症の鎮静、血管新生の後押しといった創傷治癒の主要ステップを多面的に支えうると述べられています。つまり「ツボクサが得意な中身」を「皮膚に届きやすい形」で運べる——この素材×デリバリーの整合性が“特別”とされる理由です。
この発想を髪の毛にも応用できないか――研究チームはそんな新しいアイデアを考えました。
これまでも髪を育てる「成長因子」というタンパク質が注目されてきましたが、単独で使っても毛根にうまく届かず、十分な効果を発揮できないことがありました。
一方、ツボクサの小胞は肌の修復には役立つものの、髪を増やす成分としては限界がありました。
そこで、「成長因子をツボクサの小胞と一緒に頭皮へ届けたら、もっと効率よく髪を育てられるのではないか?」という着想が生まれたのです。
その第一歩として研究者たちは、ツボクサの小胞と成長因子を「とりあえず混ぜて」人間の逃避に使用してみることにしました。