数学の常識が90年ぶりに崩壊:複雑な結び目は連結すると「予想より簡単にほどける」と判明
数学の常識が90年ぶりに崩壊:複雑な結び目は連結すると「予想より簡単にほどける」と判明 / Credit:Canva
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数学の常識が90年ぶりに崩壊:複雑な結び目は連結すると「予想より簡単にほどける」と判明 (2/3)

2025.07.18 17:00:57 Friday

前ページ結び目理論の常識は実は誰も確かめていなかった

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2つの絡まりは『足し算より少ない手数』でほどけた:トーラス結び目が明かした意外な事実

数学者は絡まった紐を研究する際、「ダイアグラム」と呼ばれる図を使います
数学者は絡まった紐を研究する際、「ダイアグラム」と呼ばれる図を使います / 研究者たちは謎を解明するためまず、この2つつながった結び目を「目で見て分かりやすい図」に書き起こしました。 数学者は絡まった紐を研究する際、「ダイアグラム」と呼ばれる図を使います。 この図では、紐が交差する場所をはっきりと示すことで、絡まり方が一目で分かるようになっています。 今回、研究者たちは5本の紐を規則的に編み上げたような「ブレイド(組紐)」という形で結び目を表現し、結果として全部で20個の交差点(紐が重なっている部分)が存在する図を作りました。/Credit:Unknotting number is not additive under connected sum

このような結び目の反例が本当に存在するのでしょうか?

謎を解明するために、研究者たちはまず、具体的に調べられるような、分かりやすい結び目を用意して調査を進めました。

最初に研究者たちが注目したのは、「トーラス結び目」と呼ばれる特別な結び目です。

トーラス結び目というのは、ドーナツのような輪の形をしたもの(トーラス)の表面に、規則的なパターンで紐をぐるぐると巻きつけて作った結び目のことです。

このような結び目は、規則正しい形をしているため、数学者にとって非常に分析がしやすく、よく研究の対象にされています。

このトーラス結び目の中でも、特に有名で数学者によく知られている結び目があります。

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次に、この20個ある交差点をじっくりと観察し、「特に重要だと思われる交差点」を慎重に選んで、そこだけ紐の上下関係を入れ替える操作を行いました。 これは、絡まった紐をほどくときに紐を一度切って入れ替えるのと同じ効果を持つ操作です。/Credit:Unknotting number is not additive under connected sum

それは、「2回巻き」と「7回巻き」という規則的なパターンでトーラスの表面に巻かれた結び目(「(2,7)-トーラス結び目」と呼ばれるもの)で、数学者たちはこれを「7₁」という記号で表しています。

この「7₁」という結び目は、最低でも「3回」、紐の上下関係を入れ替えるような操作をしないと完全にほどけないことがすでに分かっています。

つまり、「7₁」はそれなりにほどくのが難しい結び目なのです。

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研究者がこの操作を2回だけ行ったところ、驚いたことに、もとの複雑な結び目が一気に形を変えて、別のややシンプルな絡まりへと変化しました。 研究チームはこの新しい結び目に「K14a18636」という名前をつけましたが、簡単に言えば「たった2回の操作で別のもっと簡単な絡まりになった」ということです。 さて、この新しい結び目は完全にほどくにはあと何回の操作が必要でしょうか? 研究者たちはさらに実験を続けました。/Credit:Unknotting number is not additive under connected sum

そこで研究チームは、この「7₁」の結び目を2つ用意して、一本の紐に順番に作り、「結び目の列車」のようにつなげて新しい結び目を作りました。

ここで直感的に考えると、1つの「7₁」をほどくためには3回の操作が必要なので、2つつなげた場合、3回+3回の合計で6回ほどかなければ完全に絡まりが解けないはずです。

しかし、これまで誰も厳密に確かめていなかったため、研究者たちは本当にそうなるかどうかを確かめるために詳しく調べてみることにしました。

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新たな結び目をじっくり調べると、次にもう1回だけ紐の上下を入れ替える操作を行うだけで、さらにほどきやすい絡まり方(研究者が「K15n81556」と呼んだ結び目)に変化することが分かったのです。そしてさらにこの「K15n81556」という結び目を調べた結果、たった2回の追加操作で完全にほどけることが判明しました。/Credit:Unknotting number is not additive under connected sum

すると最初に複雑だった2つの「7₁」結び目をつなげた状態から、たった2回の操作で、やや簡単な絡まりに変化しました。

次にその絡まりをさらに1回の操作で、もっと簡単な絡まりに変えることができました。

そして最後に、その簡単になった結び目を2回の操作だけで完全にほどくことができたのです。

こうして最初の状態から完全に絡まりが解けるまでに必要だった操作回数は「2回+1回+2回」で、合計5回だけでした。

これには研究者たちも驚きを隠せませんでした。

なぜなら、当初は「3回+3回=6回」の操作が必要だと信じられてきたからです。

つまり、「2つの複雑な絡まりをつなげると、かえって予想より簡単にほどけてしまう」という現象が実際に証明された瞬間だったのです。

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今回の研究の数学的な意義は非常に大きいものです。まずKirbyの問題リストの一項目が解決されたことは特筆に値します。ほどき数の加法性に関する問題1.69(B)は長らく未解決でしたが、本研究がその答えを「いいえ(加法的ではない)」と示したことで、結び目理論の教科書を書き換える成果となりました。同時に、この発見は今後の研究に新たな方向性をもたらします。まず、ほどき数の計算そのものへの影響です。これまで複雑な結び目のほどき数を見積もる際、「ひとまず素結び目に分解して個々のほどき数を調べ、それらを足し合わせれば上限がわかるだろう」とする考えが一般的でした。しかし今回の結果は、そのような単純な見積もりでは実際の必要手数を過大評価してしまう可能性を示唆しています。今後は結び目同士の「相互作用」によってほどきやすさが変化しうることを踏まえ、より精密な予測手法が模索されるでしょう。また結び目理論には今回解決されたほどき数の問題以外にも大きな未解決問題が残されています。その一つが「交点数」の加法性です。交点数とは結び目の図に現れる交差の最小数という、これもまた基本的な複雑さの指標ですが、これが連結和で加法的かどうかは100年以上前から難問として知られています。最小交点数の下限として「2つの結び目をつなげてできた結び目の交点の数は、元になったどちらかの結び目の交点数よりも少なくなることはない」ということは明らかですが、「2つの結び目の交点数をちょうど足し算した数になるかどうか」は100年以上にわたって解決されていない難問です。交点数については未だ誰も反例を発見していませんが、ほどき数の例にならえば「きっと交点数も単純には足し算にならない結び目が存在するのではないか?」と期待(不安?)する声も上がっています。/Credit:Unknotting number is not additive under connected sum

さらに研究チームは、このような現象が他にもないかを詳しく調べました。

すると、この現象は決して特別な一例だけに起きる珍しいものではなく、実際には数多くの結び目の組み合わせで同じようなことが起こり得ることを突き止めました。

つまり、「2つの絡まりをつなげると予想よりほどきやすくなる」という現象は広く存在し、決して特殊な例外ではないことが示されたのです。

こうして数学者たちが約90年間信じ続けてきた常識が、ついに覆りました。

「結び目をほどくための操作回数(ほどき数)は、2つつなげた場合には単純に足し算される」という考えが間違いだったことがはっきりと分かりました。

しかし、ここで新たな大きな疑問が生まれます。

なぜ、2つの複雑な結び目を連結すると、予想より簡単にほどけてしまったのでしょうか?

この意外な現象が起こる背後には、いったいどのような仕組みや理由が隠されているのでしょうか?

次ページなぜ結び目は『計算通り』にほどけないのか?数学が示す新たな視点

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