市場で働く子供は学校で学ぶ子供よりも算数が得意なのか?
多くの人々は「学校で学ぶ算数・数学は日常生活の問題解決に直結している」と信じています。
教科書で習う計算方法やアルゴリズムを身につけることで、家庭の買い物やお金の管理、ビジネスの基本的な取引に応用できるはずだというのが従来の常識でした。
しかし、最新の研究はこの前提に重大な疑問を投げかけています。
インドのコルカタやデリーで行われた調査では、市場で働く子どもたちが実際の取引現場で驚異的な計算能力を発揮している一方、同じ子どもたちが学校で習う抽象的な数学の問題に取り組むと、成績が大きく低下することが明らかになりました。
逆に、学校で優秀な成績を収める子どもたちは、教室での計算問題には強いものの、実際の市場取引のような具体的な状況下では、基本的な計算すら苦戦するというギャップが存在しています。
この現状は、数学の知識が文脈に依存して身につくため、学習した環境や形式が異なるとその知識がうまく転用できないことを示唆しています。
つまり、教科書に書かれた抽象的な数字や数式と、実生活で直面する具体的な数値や取引は決して同じものではなく、双方に通用する「橋渡し」が欠けているのです。
今回、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちは、インドの二大都市―コルカタとデリー―において、市場で働く子どもたちと学校に通う子どもたちという二つのグループを対象に、実生活での計算能力と教科書で学ぶ抽象的な数学の能力の違いを明らかにするための調査を実施しました。
調査では、インドのコルカタとデリーの地元市場で働く1,400人以上の子どもたちと、学校に通う471名の生徒を対象に、「実際の市場取引を再現する問題」と「教科書形式の抽象的な数学問題」の2種類の課題に取り組んでもらいました。
「実際の市場取引を再現する問題」では、800グラムのジャガイモを20ルピー、1.4キログラムのタマネギを15ルピーで販売した場合の総額や、200ルピー紙幣を渡した際のお釣りの計算など、普段は見かけない数量や単位、価格設定を用いました。
一方、「教科書形式の抽象的な数学問題」では、学校で実施される形式の、3桁の数を1桁の数で割る問題や、2桁同士の引き算といった問題が出題されました。
また、実験では単なる計算の正誤だけでなく、どのような計算戦略(たとえば、数字の丸めや分解による効率的なアプローチ)が用いられているかも詳細に観察されました。
さらに、ストレスやインセンティブ(報酬)の影響など、その他の要因についても検証され、その影響は最小であることが確認されました。
もし市場で働くことと学校で学ぶことの効果に明白な優劣関係があれば、どちらかが両方のケースで高い点数を取ることになるでしょう。
しかし結果は違いました。

調査の結果、子どもたちの計算能力は学習環境に大きく依存していることが判明しました。
市場で働く子どもたちは、実際の市場取引を模したシナリオにおいて90%以上の正答率を示し、実生活で求められる複数の計算操作を迅速かつ正確にこなしていることが確認されました。
彼らはペンや紙に頼らず、頭の中で複雑な掛け算や割り算を分解し、丸め計算といった直感的な戦略を駆使して問題に対処しており、その柔軟性と効率性が際立っています。
しかし、同じ子どもたちが学校で出題される抽象的な数学問題に挑戦すると、正答率は大幅に低下し、例えば3桁の数を1桁で割る問題では正答率が32%程度に留まる結果となりました。
これまでの研究では、市場で働く子どもたちの算数能力が学校で学ぶ子どもたちより優れているとする報告もありましたが、本研究では働く子どもたちは学校形式の問題がかなり苦手であることが明らかになりました。
一方、学校に通う子どもたちは、教科書に基づいた抽象的な問題では筆記具を用いながら丁寧に計算し高い正確性を発揮するものの、実際の市場取引のように複数の商品や異なる単位、価格が絡む具体的なシナリオでは、その柔軟な応用力を欠き、正答率がわずか1%程度にまで落ち込むことが確認されました。
このように、両グループはそれぞれ慣れ親しんだ環境では優れた計算能力を発揮するものの、学習コンテキストが異なる場面ではそのスキルがうまく転用されず、市場で働く子どもたちは実生活に特化した直感的な戦略を持つ一方、学校で鍛えられた子どもたちは柔軟な解法に欠けるという明確な能力の二極化が浮き彫りになりました。
そうなると気になるのが理由です。
なぜ市場の経験は学校の問題を解くのに役立たず、学校の勉強は市場での実践に役立たないのでしょうか?
この事実を放置し続けることは、学校教育の危機につながりかねません。