太古に感染したウイルス遺伝子が「人間らしさ」に影響を与えている
太古に感染したウイルス遺伝子が「人間らしさ」に影響を与えている / Credit:Canva
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太古に感染したウイルス遺伝子が「人間らしさ」に影響を与えている

2025.07.23 17:30:00 Wednesday

人間らしさの要素がウイルス由来の遺伝子からも与えられているとしたら、どう思いますか?

人間のゲノムの中には、太古に感染したウイルス由来のDNA断片が数多く潜んでいます。

一昔前までそれらは「ジャンクDNA(がらくたのDNA)」と呼ばれ、特に役割のない遺伝の化石のように考えられてきました。

しかしカナダのマギル大学(McGill University)と日本の京都大学(京大)などによって行われた研究により、古代ウイルス由来のDNA配列が、実は重要な遺伝子スイッチとして人間らしさの進化や人間の健康に影響を与えている可能性が示されました。

例えるなら、ある日会社に侵入して居座ってしまった謎のオジサンが長い年月居座ることでムードメーカーとして溶け込み、やがて会社の仕事を任せられるようにもなり、そして会社の「らしさ」に不可欠な存在になるという話と言えるでしょう。

会社としては最初は厄介でしたが、長い年月を経た現在では、そのオジサンなしには会社らしさを維持できなくなってしまったのです。

マギル大学のギヨーム・ブルク教授は、「人間や霊長類の部分とウイルスの部分とを明確にマッピングできれば、『人間を人間たらしめているもの』が何か、そしてDNAが健康や病気にどう影響しているかを理解する一歩に近づくでしょう」と語っています。

かつて外敵だったウイルスのDNAが、どのようにして人類が人間らしさを獲得することに貢献したのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月18日に『Science Advances』にて発表されました。

A phylogenetic approach uncovers cryptic endogenous retrovirus subfamilies in the primate lineage https://doi.org/10.1126/sciadv.ads9164

DNAの8%はウイルスだった——進化の隠れたシナリオ

DNAの8%はウイルスだった——進化の隠れたシナリオ
DNAの8%はウイルスだった——進化の隠れたシナリオ / Credit:Canva

私たちの体の中には、祖先から受け継がれた長い歴史が詰まっています。

目の色や髪の毛の質感、身長など、外見に現れる特徴だけではありません。

実はゲノムと呼ばれるDNAの設計図には、驚くべきことに、遥か昔に私たちの祖先に感染したウイルスの痕跡が数多く残されています。

ゲノムの中には「ジャンクDNA」と呼ばれる、役割がはっきりと分からない配列が大量に存在し、その中の少なくとも8%は「内在性レトロウイルス(ERV)」と呼ばれる古代のウイルス由来であることが明らかになっています。

長年、こうしたウイルス由来のDNAはゲノムの中の「ガラクタ」と考えられ、特に重要視されてきませんでした。

しかし、近年になって新たな視点が生まれてきました。

これらのウイルス由来のDNAの一部が、実はゲノムの中で大切な役割を担っているかもしれないことが分かってきたのです。

例えば、哺乳類が胎盤をつくる際に必要な遺伝子を制御するスイッチとして、また幹細胞が体のさまざまな細胞へ変化する際の調整役として、このウイルス由来のDNAが利用されていることが報告されています。

かつては病原体であったウイルスの遺伝子が、長い進化の過程で私たちのゲノムに定着し、新たな役割を与えられているのです。

しかし、研究者にとってこれらのウイルスDNAの研究は決して簡単ではありません。

まず、こうしたウイルス由来のDNA配列は互いによく似ていて、ゲノム中に数百、時には数千という数で散らばっています。

まるで大量の似たようなパズルのピースが混ざった状態で存在しているため、どのピースがどのグループに属しているのかを正確に区別するのが非常に難しいのです。

さらに、これまで使われてきた分類方法は主に配列の類似度だけに基づいており、細かな違いや、実際にどのような機能を持つのかまではうまく分類できていませんでした。

その中でも特に注目されたのが、「MER11」と呼ばれるウイルス由来のDNAグループです。

MER11は比較的新しい時代(数千万年前)に霊長類の先祖のゲノムに入り込んだと考えられている若いグループで、これまでMER11A、MER11B、MER11Cという3種類のサブファミリー(下位分類)に分けられてきました。

ところが、これらの分類は非常におおざっぱで、実際にはもっと細かく分類しなければならないほど、MER11の中には多様な特徴を持つ配列が存在する可能性が示されていました。

また、ヒトゲノムの解析が初めて行われた約25年前に作られた分類法や注釈(アノテーション)自体も、すでに古くなってしまっていることが指摘されていました。

そこで今回の研究チームは、このようなウイルス由来のDNA配列が「本当はどのような系統に分かれていて、どのような特徴や役割を持っているのか」を改めて調べることにしました。

日本の京都大学やカナダのマギル大学など、複数の国際的な研究機関が協力し、このMER11というウイルス由来の配列の正体を、進化の系統に基づいて徹底的に洗い直すことに取り組んだのです。

果たして、この古代のウイルスが私たちのゲノムに潜ませた謎のDNAは、現代の私たちにどのような影響を与えているのでしょうか?

そして、それらのDNA配列はどのようにして遺伝子を制御し、人間らしさに貢献しているのでしょうか?

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