植物ウイルスががんを叩く仕組みを解明

謎を解明するため研究チームはまず、ササゲモザイクウイルスと非常によく似た別の植物ウイルスである「カウピークロロティックモトルウイルス(CCMV)」と呼ばれるウイルスを用意しました。
CCMVもササゲモザイクウイルスと同じくササゲを宿主とするウイルスですが、これまでの研究から、がんを攻撃する免疫反応を起こさないことが知られていました。
両者は見た目の構造や大きさが非常に似ていますが、免疫を活性化する能力に大きな違いがありました。
研究チームは、この2つのウイルスを人間由来の免疫細胞に加え、まず細胞がそれらをどのように取り込むかを観察しました。
その結果、どちらのウイルスも免疫細胞に同じように取り込まれることがわかりました。
つまり、ササゲモザイクウイルスとCCMVは「免疫細胞に取り込まれる」段階では差がありませんでした。
しかし、この次の段階に大きな違いが生じました。
免疫細胞に取り込まれたウイルス粒子は、細胞の中でエンドリソソームという特殊な小胞へと運ばれます。
このエンドリソソームには「TLR7(トール様受容体7)」と呼ばれる免疫のセンサーがあります。
TLR7は、主にウイルスが持つRNAという遺伝子物質を感知する役割を持っており、これが働くと免疫細胞に「異物が侵入した」という警報が発せられます。
ササゲモザイクウイルスが免疫細胞に取り込まれると、そのRNAがエンドリソソーム内に長くとどまり、TLR7を強く刺激しました。
その結果、免疫細胞は大量のインターフェロンと呼ばれる物質を放出しました。
インターフェロンは強力な免疫活性化作用を持つだけでなく、直接がん細胞を攻撃する能力も知られています。
実際、ササゲモザイクウイルスのRNAは96時間という非常に長い時間、細胞内で安定して存在し続けました。
(※実はCPMVは植物ウイルスでありながら、動物ウイルスの一種である「ピコルナウイルス」と似た構造や遺伝子配列を持っており、そのため免疫系が“本物のウイルス”として強く反応する可能性が指摘されています。)
この安定した長期的な刺激が、がん細胞への強い攻撃反応を引き起こす鍵だったのです。
一方、CCMVでは異なる状況が起こりました。
CCMVも同じように免疫細胞に取り込まれますが、そのRNAはエンドリソソームに届いても速やかに分解されてしまいました。
TLR7が刺激されることなく、免疫細胞は強い免疫シグナルを出すことができませんでした。
その結果、CCMVは免疫細胞に取り込まれても、がんに対する有効な免疫反応を引き起こすことはなかったのです。
まとめると、ササゲモザイクウイルスとCCMVの決定的な違いは、「RNAが細胞の中で安定して存在するか」と「免疫のセンサー(TLR7)をどれだけ強く持続的に刺激できるか」という点にありました。
ササゲモザイクウイルスはエンドリソソーム内でRNAが安定して存在することで、持続的にTLR7を刺激し、免疫細胞に強力なインターフェロンの産生を引き起こします。
これに対し、CCMVは同じ構造を持ちながらも、RNAが速やかに分解されてしまうため、強い免疫反応を起こすことができないのです。
また、研究チームはマウスのマクロファージ細胞を用いて両ウイルスの取り込みを詳しく調べました。
その結果、両ウイルスとも一般的な免疫細胞への取り込み効率に明確な差はありませんでした。
しかし、特定の受容体を介した取り込みの仕組みについては今回の研究では明らかにされていません。
別の研究では、ササゲモザイクウイルスが「スカベンジャー受容体A1(SR-A1)」という特定の受容体を介して取り込まれる可能性が示唆されていますが、本研究の範囲ではまだ確認されておらず、今後さらなる検証が必要です。
こうして、研究チームは、ササゲモザイクウイルスが他の植物ウイルスにはない独自の特徴を持っていることを実証し、その強力な抗腫瘍免疫反応の謎を解明しました。
この発見により、ササゲモザイクウイルスを利用したがん治療法をより効果的に設計するための重要な手がかりが得られたのです。