実験で判明した「精神的タイムトラベル」の実力

精神的タイムトラベルという手法を使った場合、記憶はどれくらい鮮やかに蘇り、その後の忘れ方にはどのような影響があるのでしょうか?
研究チームは、この疑問を解き明かすために、大規模な実験を実施しました。
実験では、合計1,216名という非常に多くの参加者を集め、2種類の記憶課題に挑戦してもらいました。
具体的な課題の内容は、1つが無関係な単語をリスト形式で覚えるもので、もう1つは短い文章を読んでその内容を覚えるものでした。
どちらの課題においても、参加者はさらに4つのグループに分けられました。
その中で1つのグループ(対照群)は、特に何の工夫もなく、記憶した後に一定の時間が経過した後、ただ単純に思い出せるだけの内容をテストしました。
それ以外の3つのグループは、記憶した後にすぐテストをせず、それぞれ4時間後、24時間後、7日後という異なる時間を空けてからテストを受けました。
ただし、これらの時間が経ってからテストを受けるグループには、「精神的タイムトラベル」(文脈再現)という工夫を行いました。
精神的タイムトラベルとは、記憶を刻んだときの自分の気持ちや周囲の状況、環境などを詳しく頭の中でイメージし、その時の自分になりきって記憶を呼び戻すという方法です。
今回の実験では、文脈再現の方法が2通り試されました。
1つ目は、覚える時に感じた自分自身の感情や考え、周囲の様子などをできる限り詳細に思い浮かべて再現する方法です。
2つ目は、記憶した内容の一部(例えば覚えた単語の一部や文章の一部)をヒントとして提示し、それをきっかけに当時の状況や他の記憶を呼び起こす方法です。
いずれの方法でも、記憶を形成した時の状況を再現することで、忘れた記憶を再活性化できるかどうかが試されました。

実験の結果は、非常に興味深いものでした。
文脈再現を行わなかった対照群では、予想通り、時間の経過とともに記憶した内容を思い出せる量がどんどん減少していきました。
一方で、文脈再現を行ったグループでは、忘却が進んだ後でも記憶を思い出せる量がかなりの程度回復しました。
例えば、24時間後に記憶をテストした場合、文脈再現を行ったグループは記憶の約6~7割ほどを思い出すことができました。
対照群はそれより明らかに低い成績にとどまっていますから、文脈再現が記憶の回復に明確な効果を持っていることがわかります。
一方で、時間が経ち過ぎてしまうと、文脈再現による記憶の回復効果はかなり低下することも判明しました。
7日後(1週間後)にテストを行ったグループでは、回復はわずかでした。
それでも文脈再現の方法によっては一定の効果が認められ、単語の一部をヒントとして提示した方法では約26%、当時の感情や状況を思い出す方法でも約32%ほどが回復しました。
つまり、記憶を蘇らせる効果は時間が経つほど小さくなり、記憶を刻んだ状況や感情が鮮明に再現できるほど効果が高まることを示しています。
また、この研究でもう一つ興味深いのは、文脈再現で一度回復した記憶が、その後どのように忘れられていくかということです。
実験チームが再び参加者を追跡し、文脈再現後に記憶がどのように変化したかを詳しく調べました。
すると、一度回復した記憶もまた新しい記憶と同じように徐々に薄れていくことがわかりました。
具体的には、4時間後に文脈再現で蘇らせた記憶は、その後24時間後や7日後に再びテストすると、最初に覚えた時とほぼ同じペースで忘却が進みました。
つまり、「精神的タイムトラベル」で記憶を蘇らせても、その後の忘れ方は元の忘却曲線とほぼ同じように進むということです。
言い換えれば、記憶は一時的に若返りますが、その後また元のように年をとって忘却が進んでしまうのです。
このように、文脈再現という工夫は一度忘れかけた記憶を「若返らせる」ことができるものの、記憶そのものの忘れやすさを根本から変えることは難しいことが分かりました。
記憶を蘇らせて再び忘れないようにするには、定期的に文脈再現を繰り返す必要があるのかもしれません。
では、こうした方法を日常生活で上手く使って記憶を長く保つことは可能なのでしょうか?