これまでで最も高解像度の単一原子画像
これまでで最も高解像度の単一原子画像 / Credit:Canva
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これまでで最も高解像度の単一原子画像 (2/3)

2025.08.26 18:00:55 Tuesday

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原子の『震える姿』を捉えた新技術

原子の『震える姿』を捉えた新技術
原子の『震える姿』を捉えた新技術 / Credit:Canva

では、研究チームはどのようにして、これまで誰も見ることができなかった原子の「震え」を捉えることに成功したのでしょうか?

これには、まず「原子を観察する」とはどういうことなのか、少し説明する必要があります。

私たちが普段使う光学顕微鏡(学校の理科の実験などでよく使われるもの)は、光をレンズで集めて拡大することで物を見る道具ですが、残念ながら原子のような極めて小さいものを見ることはできません。

なぜなら、原子は光よりもずっと小さいため、光の波長では細かな形が捉えられないからです。

そこで登場するのが「電子顕微鏡」という特別な顕微鏡です。

この顕微鏡は、光の代わりに電子という非常に小さな粒子を高速で試料にぶつけ、その電子が試料を通り抜けるときに作る独特の模様(回折パターン)を記録します。

電子は原子よりも小さいため、原子の細かな形状を映し出すことが可能です。

しかし、原子の細かい揺れを捉えるためには、さらに工夫が必要になります。

研究チームは今回、電子顕微鏡をさらに進化させた「電子ピトグラフィー」という最新技術を用いました。

電子ピトグラフィーとは、試料に電子を当てて生まれた回折パターン(電子が散らばって作る波の模様)をたくさん集め、それらをコンピューターで一枚の精密な像に組み立て直すという高度な手法です。

少し難しく感じるかもしれませんが、例えばスマホでピントのぼけた写真を何枚も撮り、それらを重ねて画像処理することで、非常に鮮明な一枚の写真を作るイメージに似ています。

この方法を使って研究チームが観察したのは、「二硒化タングステン(WSe₂)」という特別な材料です。

この材料は、二枚の非常に薄い原子シートを約1.7度だけわずかにずらして重ね合わせたものです。

わずかな角度で重ねたことで、原子同士の並び方が複雑に変化し、独特の模様(モアレ構造)が現れています。

研究チームは、この材料を使えば「ファゾン」のような特殊な振動を見つけることができると考えたのです。

結果、これまでの電子顕微鏡では0.96オングストローム(原子が並ぶ距離を測るための小さな単位)までしか見分けられなかった精度が、一気に0.32オングストロームへと向上しました。

さらに特殊な処理を施すことで、最終的には0.29オングストローム未満という驚異的な細かさで原子を観察することに成功しました。

また、原子同士のわずか14.7ピコメートル(1メートルの1兆分の1の、さらに100分の1という極小の距離)ほどの間隔も、はっきり区別して見ることができました。

こうした非常に細かいレベルでの観察が可能になったことで、熱によって原子が小さく震える様子まで「像のにじみ」として映し出されるようになったのです。

実際に研究チームが得た画像では、本来は点のようにはっきり映るはずの原子が、丸くぼやけたり、楕円形に伸びて映っていることが分かりました。

ここで重要なのは、原子自体の形やサイズが変化しているわけではないということです。

この「にじみ」や「伸び」は、撮影中に原子が熱のエネルギーで小刻みに動き、その動きが映像として記録される際にブレてしまうために起きている現象です。

たとえば、暗い場所でカメラのシャッタースピードを遅くして人の動きを撮影すると、動いている人は写真の中でぼんやりとブレて見えますよね? それと同じことが原子の世界でも起きているのです。

研究チームは、このにじみや伸びの具合を詳しく分析することで、「原子一つ一つがどのくらい揺れているのか」「どの方向に揺れているのか」を正確に割り出しました。

さらに分析を進めると、材料の中でも特定の場所によって原子の揺れ方が違うことが分かってきました。

特に「ソリトン」と呼ばれる原子が並ぶ境界線では、原子の揺れが同じ方向にそろって楕円形に伸びる傾向があり、「AA」と呼ばれる原子同士がぴったりと重なった場所では揺れの大きさが最も大きくなることがはっきりしました。

これらの揺れの特徴こそ、研究者が長年理論的に予測してきた「ファゾン」の特徴そのものでした。

言い換えると、今回の実験により、二枚の原子シートをほんのわずかにずらした「モアレ構造」では、これまで目で見ることができなかった特別な低エネルギーの揺れ(ファゾン)が、材料の熱の動きを特に支配していることを初めて映像として証明したのです。

この成功は、長い間「理論上の予測」にとどまっていた原子の微小な振動を、現実に存在する現象として実際に見ることができた歴史的な瞬間だったのです。

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