Messor ibericusの女王は他種のオスの精子を使って「雑種の働きアリ」を産む
アリ社会は「女王」「オス」「働きアリ(ワーカー)」という明確なカーストで成り立っています。
通常、多くのアリでは、女王が自分と同じ種のオスと交尾し、受精卵からは「女王」や「働きアリ」、未受精卵からは「オス」が生まれるというシンプルな繁殖システムが見られます。
しかし、Messor ibericusでは事情がまったく異なります。
この種では、女王が自分の種のオスと交尾した場合、女王アリしか産めず、働きアリが全く誕生しません。
働きアリは巣の維持や幼虫の世話など、社会の基盤を支える重要な役割を持つため、ワーカーがいなければコロニーは存続できません。
では、Messor ibericusの働きアリはどうやって誕生しているのでしょうか。
調査によって、実はMessor ibericusの働きアリは、「自分の種と、別の種(Messor structor)の雑種=ハイブリッド」であることが分かっています。
つまり、Messor ibericusの女王は、他種(Messor structor)のオスと交尾したときだけ、雑種の働きアリを産めるという仕組みで社会を維持していたのです。
ここでさらに大きな謎が浮かび上がりました。
ヨーロッパ各地のMessor ibericusコロニーを調査した研究チームは、別種のMessor structorの生息域から1000km以上も離れた場所でも、なぜか“雑種の働きアリ”が大量に存在していることを発見したのです。
本来、他種のオスがいなければ雑種は生まれないはず。
一体、女王アリはどこでMessor structorの精子を手に入れているのでしょうか?
この疑問を解き明かすため、研究チームは各地から390個体を集めて遺伝子解析を行い、さらに女王アリ単独のコロニーを人工的に作り、女王だけを隔離して産卵から成虫までの発生を詳細に観察しました。