手術室で骨を『描く』新型プリンターの仕組みと効果
研究チームは、「手術室用の骨プリンター」というユニークな装置を新しく開発しました。
見た目は私たちが工作などでよく使うグルーガン(熱で溶かした接着剤を出す道具)を改造したようなもので、細長い棒状の「インク」をセットして使用します。
ただし、この装置が出すのはもちろん接着剤ではなく、「人工的に作った骨」の材料です。
この特殊なインクの材料には、「ポリカプロラクトン(PCL)」というプラスチック素材と、「ハイドロキシアパタイト(HA)」という骨に含まれるミネラル成分が混ぜられています。
PCLは生体適合性(体内で安全に使えること)に優れ、徐々に分解されて最終的には自然に体内から消えていく特性を持っています。
一方、HAは私たちの骨の主成分と同じもので、骨の成長や再生を促す働きを持っています。
つまり、このインクは骨の代わりになる材料として理想的な性質を兼ね備えているわけです。
また、このPCLは約60℃という比較的低い温度で溶ける性質を持っており、80℃程度の温度に保った装置から押し出して使います。
押し出された直後のインクは約55℃ですが、約40秒という短い時間で体温付近(37℃前後)まで下がります。
そのため、周りの組織を傷つけにくい設計になっています。
イメージとしては、少し熱いお湯がすぐにぬるま湯になって、皮膚に優しく触れるような感じです。
研究チームはさらに、この材料の性能を向上させるために配合を工夫しました。
PCLにはいくつかの種類があり、その分子の長さ(分子量)によって性質が変わります。
実験の結果、分子量が特に大きなタイプのPCLを使い、それにHAを25%混ぜた組み合わせが最も優れた性能を示しました。
この組み合わせの人工骨は強度が非常に高く、数百ニュートンという大きな力(数十キロの重さに相当)にも耐えるほど丈夫で、骨の再生を促す能力(骨伝導性)にも優れていました。
さらに、この人工骨の材料には抗生物質(細菌の増殖を抑える薬)が含まれています。
使われているのはバンコマイシンとゲンタマイシンという2種類の抗生物質で、これらは術後にゆっくりと時間をかけて患部から放出され、周囲の細菌の増殖を抑えて感染症のリスクを下げる仕組みです。
例えるなら、傷口に塗る消毒薬をゆっくり染み込ませ続けるようなイメージです。
この人工骨プリンターの効果を確かめるため、実際に動物を使った実験が行われました。
研究者たちは、ウサギの太ももの骨に1センチほどの大きな骨欠損を人工的に作り、このプリンターを使って欠けた部分に人工骨を直接押し出して埋め込みました。
人工骨は約40秒ほどで体温程度まで冷えて固まり、欠けた骨の形にぴったりフィットしました。
その後、骨を支えるためにプレートとネジで固定する処置を加えました。
このようにして作られた人工骨は、非常に素早く固まるため、手術の時間はプレスリリースによれば数分程度で済む可能性があります。
また、手術中にその場で形を自由に調整できるため、患者に合わせた人工骨が非常に効率よく作れる点が大きな利点です。
そして12週間後に人工骨を調べてみたところ、その周囲にはしっかりと新しい骨の組織ができていました。
細菌感染や組織の壊死(細胞が死んでしまうこと)などの問題も一切なく、安全性の兆候が確認されました。
さらに重要な結果として、この新しい方法で作った人工骨の方が、従来の方法(骨セメントを使って穴を埋める方法)よりも、明らかに多くの骨が再生していました。
詳しい比率は図の形でのみ示されていますが、明確に骨の再生が向上していることがわかったのです。
また、新しい骨の表面積や骨の強度を示すデータも、従来の骨セメントを用いた方法より優れていることが確認されました(ただし骨の厚みに関しては差がありませんでした)。
あえて分かりやすく言うなら、このデバイスは「骨の3Dプリンター」というより、「骨を自在に描けるペン」のようなものです。
骨折した場所にぴったり合った骨を自由に描き込むことができ、さらに時間とともに徐々に材料が分解され、本物の骨に置き換わっていく点が非常に画期的なのです。