スマートリング普及のカギは『電池』だった

「満員電車の中で、さりげなく空中の仮想画面を操れたら便利だろうな」――そんな未来を想像したことはないでしょうか。
スマートフォンの次にやってくると予測される、ARグラス(拡張現実メガネ)。
メガネ越しに、目の前の空間にデジタルの情報を重ねて表示するこの技術は、近年ますます進歩しています。
たとえば、街を歩きながら道案内を見たり、電車の中でニュースをチェックしたりといった使い方が考えられます。
とはいえ、ARグラスは見るだけのデバイスではありません。
表示された仮想画面をスクロールしたり、ボタンを押したりする必要があります。
けれど、電車内や街中で手を大きく動かすのはちょっと恥ずかしい。
さりげなく操作できるような仕組みが欲しいものです。
そこで注目されているのが指輪型のコントローラー、いわゆる「スマートリング」です。
スマートリングは、指に装着することで、微妙な指先の動き(マイクロジェスチャー)を検知します。
具体的には、人差し指につけたリングを、親指で少し動かすだけで、画面上のスクロールやクリックといった操作ができるようになります。
指先のわずかな動きで済むため、周囲から見ても目立ちません。
しかも、腕を動かさずに使えるので、長時間の使用でも疲れにくいのが特徴です。
机がなくても、キーボードやマウスが手元になくても、ARグラスを自由自在に操作できるのです。
まさにAR時代の「いつでもどこでも使えるマウス」として、大きな期待がかかっています。

ところが、この便利そうなスマートリングには致命的な弱点がありました。
それはバッテリーがあまり持たないということです。
指輪型のデバイスはサイズが小さいため、搭載できるバッテリーもごく小さくなります。
そのため、少し長めに無線通信を使うだけで、すぐに電池切れを起こしてしまうのです。
たとえ省電力で知られるBLE(Bluetooth Low Energy)通信であっても、指輪からデータを送り続けると、電池はせいぜい1〜10時間しか持ちません。
結果としてユーザーは、頻繁に充電しなければなりません。
「いつでもどこでも使える」とは言い難く、使いたいときに電池が切れている、なんてことも日常茶飯事でした。
こうしたバッテリー問題が、指輪型マウスの普及を妨げる最大の壁となっていました。
そこで研究チームは、この弱点を克服するための発想を大きく転換しました。
従来の方法では、指輪側が自ら電波を飛ばして通信を行う必要がありました。
電波を飛ばすためには多くのエネルギーが要りますから、小さなバッテリーはすぐに力尽きてしまいます。
ならば、そもそも指輪側が自力で電波を出さなくても済む通信方法を考えればいい――。
研究者たちはこうした大胆なアイデアに挑戦したのです。
指輪からほとんど電力を使わずに情報を送り出す方法が、本当に実現できるのでしょうか?
まるで「空中から電気を取り出すような」都合のいい通信方法など、果たして可能なのでしょうか?
研究チームは、この難題に真正面から挑みました。