指輪が『電波を出さず』に通信する仕組

では、指輪はどうやって離れたリストバンドに情報を送るのでしょうか?
普通、スマートリングやスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスは、Bluetoothのような無線電波でデータを送ります。
ところが、電波を飛ばすにはけっこうなエネルギーが必要です。特に小型の指輪型デバイスにとっては、電波を飛ばすためのエネルギーは大きな負担となります。
そこで研究チームは発想を大胆に転換しました。
「指輪から電波を出さない通信」を実現したのです。
実はこの仕組みは、「指輪」と「リストバンド」の2つのパーツからなっています。
リストバンド側は、指輪に向かって微弱な磁界を発生させています。
一方の指輪側は、その磁界を「鏡」のように跳ね返します。
跳ね返す際、ただ反射するだけでなく、跳ね返る波の「周波数」をわずかに変えるのです。これを専門用語では「負荷変調」と呼びますが、イメージとしてはリストバンドが投げかけた声に対して、指輪がほんの少しトーンを変えてそっとささやくような感じです。
その微妙なトーンの変化を、リストバンド側がしっかり“通訳”してデータとして読み取るわけです。
こうすると指輪側は自ら大きな電波を出す必要がなくなり、使う電力は劇的に少なく済みます。

具体的にどれくらい省エネになったかというと、指輪の消費電力は最大で449マイクロワット(0.000449ワット)程度にまで抑えることに成功しました。
さらに、27 mAhの電池を使えば、1日あたり4~8時間使用のシナリオで、約600~1000時間の連続駆動が可能という試算が出ています。
面白いのは、この指輪が通信するときに使う独特の方法です。
普通、無線通信ではデジタルデータを「0か1」という2種類の信号で表しますが、この装置はそれを「6種類の周波数」に置き換えました。
指輪の中には、親指で転がせる小さなボール(マイクロトラックボール)と、それを読み取る磁気センサーが4つ入っています。
このボールを上下左右に動かしたり、押したりする動きを検知すると、指輪内の回路が決まった6種類の周波数のどれかに変換されます。まるでピアノの鍵盤のように、それぞれの指の動きに専用の音階(周波数)が割り当てられているのです。
リストバンド側はその周波数の違いを瞬時に区別して、「今、指輪がどんな操作をしたか」を正確に理解します。
この仕組みがあまりにうまく働いたので、研究チームも驚きました。通常、この種の磁界を使った通信方法では、デバイス間の距離が数センチを超えるとうまく通信できなくなります。
ところが今回は、設計を工夫した「分散コンデンサを備えた特殊なコイル」と、「バランスドブリッジ回路」という非常に鋭敏な読み取り装置を組み合わせることで、約14センチという距離でも安定して通信できました。
また、この通信方式では送信に使う電力も非常に少なく済んでいます。
では、本当に日常生活のような電磁ノイズ(電波・磁界雑音)が多い環境でもきちんと動くのでしょうか?
研究チームは実際に、電車の座席に座った状況や、人混みの中でスマホが多数使われている状況、さらには車を運転中の状況など、ノイズの多い環境でも実験を行いました。
その結果、条件を満たした実験環境で、SNR(信号対雑音比)が25を超えるという良好な値が確認されました。
つまり、この指輪型マウスは特定条件下では雑音環境下でも問題なく使える可能性があることが分かったわけです。
これにより、指輪型のコントローラーが本格的に普及するための大きな一歩になったと言えそうです。