陰謀論にハマった恋人は「そこにいるのに、もう別人」だった
陰謀論にハマった恋人は「そこにいるのに、もう別人」だった / Credit:Canva
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陰謀論にハマった恋人は「そこにいるのに、もう別人」だった

2026.02.11 18:30:38 Wednesday

イギリスのケント大学(University of Kent)で行われた研究によって、恋人が陰謀論に深くハマると、相手は同じ顔で同じ声なのに「そこにいるのに、もう別人みたいだ」と感じるほど、関係が揺らいでしまうことがあると分かってきました。

研究チームが、陰謀論を強く信じる人のパートナー/元パートナー体験を聞いたところ、約8割にあたる13人はすでに関係が終わっており、その13人のうち11人は「別れの直接の理由は、相手の陰謀論へののめりこみだった」と語っています。

これは「意見が違うからケンカする」程度の話ではありません。

研究では、陰謀論にはまってしまった相手との議論が消耗戦になり、話題を避けても日常のあらゆる出来事が陰謀の材料に変わって会話そのものが成り立たなくなってしまう様子が示されています。

もし大切な人がこうした世界に入り込んでしまったら、私たちはどう向き合えばいいのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月12日に『British Journal of Social Psychology』にて発表されました。

“You lose the person; they’re still there but you don’t recognize them”: A qualitative study examining the consequences of conspiracy beliefs for romantic partners https://doi.org/10.1111/bjso.70033

なぜ議論が通じないのか──陰謀論が「世界の土台」になる瞬間

なぜ議論が通じないのか──陰謀論が「世界の土台」になる瞬間
なぜ議論が通じないのか──陰謀論が「世界の土台」になる瞬間 / Credit:Canva

たとえば、夕飯のあとに何気なく「最近さ、ニュース見た?」と振っただけなのに、返ってくるのがニュースの話じゃなくて「それは裏で操ってる連中がいて…」という長い長い“別の物語”だったらどうでしょう。

しかも相手は真顔で、こちらの返事を待つというより「今すぐ君も目覚めてほしい」と迫ってくる。

最初は「いやいや、落ち着いて。根拠は?」と普通に会話しようとするはずです。

ところが、こちらが根拠を出せば出すほど、相手は「それこそが仕組まれた情報だ」と言い、話はどんどん脱線して、最後には気力だけが削られていく。

こうなるともう、論理的な議論というより“終わらない疲労テスト”です。

コラム:なぜ陰謀論を信じる人には議論が通じないのか?

「ちゃんとしたデータを見せれば、さすがにわかってくれるはず」そう信じてニュースや論文をプリントして持っていったのに、返ってくるのは「それは支配側のメディアだ」「その専門家も買収されてる」──陰謀論を信じる人を相手にするとそんな展開が決まって繰り返されます。では、なぜこんなことが起きるのでしょうか。ポイントは、陰謀論が単なる一つの意見ではなく、「世界の見え方ぜんぶを支える土台」になってしまっていることです。ふつう私たちは、何か新しい情報に出会うと、「本当かな?」と問い直しながら、少しずつ考えを調整していきます。ところが陰謀論に深くはまった人は、その逆の動きをしがちです。自分の信じている物語に合う情報だけを集め、合わない情報は「ウソ」「でっち上げ」「買収された専門家」として片づけてしまいます。このように、事実そのものが届かないのではなく、「届いた瞬間に別の意味に翻訳されてしまう」ため、外からの議論がほとんど効果を持ちにくくなります。関連研究ではこれを「ラビットホール症候群」、つまり、陰謀論の“穴”に落ちたあと、信念がどんどん加速し、外からの情報を受けつけにくくなる状態として説明しています。もう一つ大きいのは、陰謀論がその人のアイデンティティ(自分らしさ)とくっついてしまうことです。「自分は真実を知っている側だ」「自分は目覚めた人間だ」というイメージに、強くプライドを感じるようになると、それを手放すことは「ただ意見を変える」のではなく、「今までの自分を否定する」ことになります。「自分はずっと戦ってきた」「周りは敵だらけだ」と信じてきた場合、その物語を捨てるのは、いわば心の大手術レベルの痛みを伴います。そのためどれだけていねいに現実世界の証拠を示されても、心の奥では「ここで引き下がったら、自分のこれまでの人生はなんだったんだ」とブレーキがかかってしまうのです。

こうした話が広がる理由について、心理学では「人は不安なときほど、安心したい」「はっきり分かりたい」「仲間がほしい」という三つの欲求が強まり、その“答え”として陰謀論が魅力的に見えることがある、と説明されます。

新型コロナウイルスのパンデミックや戦争、選挙などで陰謀論が顔を出してくるのは、人々の不安が高まっているからだとも言えるでしょう。

また陰謀論はその本質に「複雑な世界を複雑に説明する」代わりに「複雑な世界の全てを簡単な物語にしてしまう」という構造が潜んでいます。

現実の社会問題や科学の話は、本来たくさんの要因がからみ合っていて、「これだけが原因です」とは言い切れません。

ところが陰謀論の物語は分かりやすいストーリーに世界を押し込めてくれるので、考える手間がぐっと省けてしまうのです。

これまでに行われた研究では、特に認知機能(知能テストなどの成績)が低い人や、じっくり考える習慣(反証的思考や分析的思考)が薄い人などが、この誘惑に引き寄せられやすい傾向も示されています。

ところが皮肉なことに、陰謀論はその欲求を満たすどころか、時間が経つほど不安や混乱を増やしてしまうことがある、とも示されています。

「真実を知ったから安心」ではなく、「もっと裏があるはずだ」で緊張が続いてしまうからです。

この“扉”が社会の側で開くと「世界を裏で操る闇の政府」や「ピザ屋で進む国家規模の陰謀」や「ワクチンに精神支配のためのチップが含まれている」といった言説が飛び交うようになります。

またそれを信じてしまった人々が「正義のために」立ち上がってしまった場合、攻撃や暴力を正当化しやすくなることすらあります。

しかし陰謀論の影響は「社会」に留まりません。

最近では「人間関係」へのダメージも問題視されるようになってきました。

陰謀論を信じると、周囲から「だまされやすい人」「偏った人」と見られ、仕事上の信頼を失うこともあります。

加えて海外のニュースやインタビューでは、「陰謀論にハマった母親が、娘を“悪の手先”だと決めつけて絶縁した」「コロナ禍で陰謀論にのめり込んだせいで、30年来の親友関係が壊れた」といった、家族や友人関係の崩壊ストーリーがたくさん報じられています。

最近の研究でも、「陰謀論を本気で言い出した場合、周囲の人々はその人と距離を置きたくなる」という結果が出ていて、陰謀論が人間関係にヒビを入れる可能性は、すでに科学的にも示されてきました。

ただ、ここまで「陰謀論と人間関係の崩壊」について詳しく調べられてきたのは、主にアメリカ発の過激な運動である「Qアノン」に関するものが中心でした。

コラム:Qアノンとは何か?

Qアノンは、アメリカ発のかなり極端な陰謀論ムーブメントです。始まりは2017年、掲示板サイトに「Q」と名乗る正体不明の人物が、「自分は政府の極秘情報にアクセスできる内部関係者だ」と書き込みを始めたことでした。Qは「アメリカ政府の内部には“ディープステート”と呼ばれる悪い勢力がいて、有名人や政治家、富豪たちと組み、悪魔崇拝や小児性愛、人身売買などの恐ろしい犯罪を行っている。そしてトランプ大統領は、それとたたかう唯一の英雄であり、「彼は表では叩かれているけれど、裏では悪のネットワークを一掃するために戦っている」という内容に続きます。日本人にとっては信じがたい内容ですが、その信奉者は少なくありません。

また調査されていた人間関係は「家族・友人・恋人」など全体をひとまとめに扱っていて、特定の関係、たとえば「恋人や夫婦の関係に及ぼす影響」など細かい要素については不明のままでした。

恋人や夫婦という関係には、他にはない特徴があります。

元々は他人だった2人が生活費を支え合い、ときには子どもを一緒に育て、病気になれば看病し合う――たとえば医療やワクチン、環境問題や政治的な価値観などをめぐって、日常のささいな選択から人生の大きな決断まで、共有しなければならない場面が山ほどあります。

もしその片方が陰謀論にはまってしまうと、そのダメージは友人関係や職場よりもずっと大きくなるかもしれません。

そこで今回の研究では、陰謀論を信じるようになった人と付き合っていた人に直接話を聞き、その“となり側”で何が起きているのかを探ることにしたのです。

もし、陰謀論が本当に恋人関係を内側から食い荒らしているとしたら、その前触れはどんな形で現れるのでしょうか。

ふたりの会話は、どの瞬間から「同じ現実を共有するおしゃべり」ではなく、「別々の世界の実況中継」に変わってしまうのでしょうか。

次ページ陰謀論によって恋人関係が壊れていく4つのパターン

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