「流れる」はずの液体が、突然”折れた”

学校の理科で習うように、物質には固体・液体・気体という3つの状態があります。
固体は形が決まっていて、力を加えると割れたり折れたりする。
液体は形が決まっておらず、力を加えられるとじわじわと変形して流れる。
両者の違いは、小学生でも直感的に説明できるくらい、はっきりしているように見えます。
ところが研究チームは、タール状のねばねばした炭化水素を材料に液体の引っ張り試験を行っていた最中、予想もしなかった瞬間に立ち会います。
液体を両端から引き伸ばしていくと、普通は糸を引くように細くなっていくはずなのに、ある瞬間、液体が細く伸びきる前にまるで乾いた枝が折れるような大きな音を立てて、真っ二つに裂けたのです。
論文の筆頭著者であるタミレス・リマ博士は、当時の驚きをこう振り返っています。
液体からそんな音が出るはずがないので、最初は高価な実験装置のほうが壊れたのかと思った、と。
音の出どころが引き伸ばしていた液体そのものだったと気づくまで、しばらく時間がかかったといいます。
研究を率いるニコラス・アルヴァレス教授も、あまりに予想外の現象だったため、本当に現実に起きたことなのか確かめるために、同じ実験を何度も繰り返さざるを得なかったと語ります。
最終的に、1秒間に4万コマを撮影できる高速度カメラが捉えた映像の中に、金属の棒が折れるそれとほとんど変わらない「破断面」がはっきりと映っていたことで、研究者たちはこの現象が本物であると確信するに至りました。
鍵は「引っ張る速さ」だった

では、なぜ液体が固体のように折れるのでしょうか。
研究チームの分析が示したのは、決め手となっていたのが引っ張る速さだった、ということでした。
液体がゆっくり引き伸ばされる場合、液体の中の分子たちは互いの位置関係を少しずつズラしながら、加えられた力を「流れる」という形でうまく逃がすことができます。
たとえばハチミツをゆっくり引っ張れば内部の分子は絶え間なく手を離しては別の新しい分子とつなぎ直す、という動きを繰り返しすことになります。
そのため引っ張る力の多くは「分子の手の繋ぎなおし」の部分、つまり「流れ」に逃がすことができ、結果としてハチミツは細く糸を引くように伸び、ゆっくりと静かに切れるのです。
ここで大事なのは、分子たちが手をつなぎ替えるのにはほんのわずかな時間がかかるという点です。
普段私たちが液体を扱うときには、その時間は一瞬すぎて気にも留まりませんが、確かに存在する時間なのです。
ところが、引っ張る速度がある一定の限界を超えると、この状況ががらりと変わります。
液体をあまりにも速く引っ張ると、分子の手の繋ぎなおしをする余裕がなくなってしまいます。
本来なら流れて逃げたいのに、そのために必要な時間が与えられないため、分子たちは元の位置に強く引き留められ、どこにも動けなくなります。
こうなると、もう引っ張る力に耐えるのは「今あるその場を動けない分子同士の手つなぎ」だけです。
この状況では、引っ張る力が分子間のつながりが耐えられる限界を超えると、すべての「つながりの糸」が一斉にブチッと切れるといった、固体にみられる「折れ」が起きても不思議ではないでしょう。
(※ただ研究者は「一斉にブチッと切れる」という部分を本当に確定させるには、その瞬間をとらえる別の調査が必要だとも述べています)
さらにこの破断の瞬間には、細くなって静かに切れるという液体の常識的な姿はどこにもなく、鋭い破裂音とともに一瞬で勝負がつきます。
そして破断面もまた液体と思えないような形状であり、金属を折った時のように「かなり綺麗な割れ跡」のものや、金属を無理矢理伸ばしたときのように「引きちぎられた」感じのものになりました。
興味深いことに、この2つの壊れ方は固体材料の世界で「脆性破壊」と「延性破壊」と呼ばれる、昔からよく知られた2つのパターンそのものです。
液体が、まるで金属の教科書をなぞるようにして壊れていたことになります。
水でさえ固体のように「パキッ」となる可能性がみえてきた

さらに研究チームは破断が起きる瞬間にかかっていた力の大きさを精密に測定しました。
すると粘り気を揃えた液体どうしなら、化学的な中身が違っていても、どれもおおむね「1cm²あたり20kg(20気圧程度)」の引っ張り力がかかった瞬間に、固体のように「パキッ」と折れることがわかりました。
これはつまり、液体の破断は化学の問題ではなく、主に物理的な性質――とりわけ液体の「粘り気」の問題で決まっている可能性が高いことを意味しています。
さらに研究チームは温度を変えながら実験を重ね、興味深いもう一つの事実を突き止めました。
液体を温めると粘り気は下がり、サラサラに近づいていきます。
そのため同じ液体を折る現象を起こすには、さらに速く引っ張る必要がありました。
ところがここで不思議なことが起きます。
粘り気を下げた液体を、必要なだけ速く引っ張って無理やり折ってみると、破断が起きた瞬間にかかっていた力の大きさは、やはり先ほどと同じ「1cm²あたり20kg」前後だったのです。
温めて粘性が低下すると、引っ張られたときにかかる力は、なかなか上昇しにくくなりますが、それでも速度を上げて「1cm²あたり20kg」を実現すると粘性が低下していても「パキッ」と折れてしまったのです。
つまり、液体を折るのに必要な”引っ張る速さ”は粘り気に応じて変わる一方で、実際に破断が起きるときの”力の強さ”そのものは、どうやら液体が共通してもっている一種の「壊れる目安」のような値に近づいていくらしいのです。
この発見は、研究チームにさらに大きな期待を抱かせました。
もし十分に速く引っ張れる装置さえ用意できれば、水や油のようなサラサラした身近な液体も、同じ”折れる”性質を見せてくれるかもしれないからです。
この発見は、決して実験室の中だけにとどまる話ではありません。
インクジェットプリンターが紙にインクを打ち出す瞬間、3Dプリンターが樹脂を押し出す瞬間、工業用の繊維が細く引き伸ばされる瞬間、あるいは血管の中を血液が高速で流れるとき――液体が「速く動かされる」あらゆる場面で、今回の”液体の破断”が密かに関わっている可能性があります。
今日も液体たちは高速で引っ張られ続けており、もしかするとそのどこかで、誰にも気づかれない”液体の破断”がひっそり起きているのかもしれません。
今回の研究は、私たちが液体に抱く印象を大きく変えるものになるでしょう。
液体は、いつでも流れるわけではない。
流れるはずのものにも、折れる瞬間がある。
しかもその瞬間は、私たちが学校で受け取ってきた「固体と液体の違い」を、想像以上に細い一本線へと変えてしまうからです。
もしかしたら未来の教科書の片隅に「液体も折れるって本当?」という小さなコラムが載る日が来るかもしれません。
ここからは今回の研究を、子供の頃に遊んだ「スライム」に当てはめてみます。
そういえば子供の頃に遊んだ「スライム」もブチッとなった

「液体を速く引っ張ると固体のように割れる」と聞いて、なんとなく既視感を覚えた方もいるかもしれません。
そこでここからは少し論文の話を離れて懐かしの「スライム」について考えています。
子供の頃に遊んだあのスライム玩具や、水に片栗粉を溶いたものをゆっくり指でつまんで引き上げると、だらーんと長く伸びていきます。
ところが同じスライムを思い切り叩いたり、勢いよく引っ張ったりすると、どうなるでしょうか。
急に硬くなって跳ね返したり、「ブチッ」と音を立てて切れたりします。実はこれ、理屈の上では今回の発見の「親戚」にあたる現象です。
科学の世界ではこうした性質を持つ液体を「ダイラタント流体」と呼びます。
ゆっくり力を加えると液体のように流れ、素早く力を加えると固体のように振る舞う――まさに今回の”折れる液体”と同じ方向を向いた現象です。
そして時間とともにスライムの水分が抜けていくと、この「ブチッ」はどんどん起きやすくなります。
遊び始めた頃は何度引っ張ってもだらりと伸びていたスライムが、翌日には触っただけで千切れるようになる、あの経験を覚えている人も多いはずです。
水分が減ると中身の分子が身動きを取りにくくなり、流れて逃げる余裕を失うので、ちょっとした引っ張りでも簡単に”折れて”しまうわけです。
またスライムで熱心に遊びすぎて、ほこりや砂粒、手の汚れなどが混じった場合もブチッとなりやすくなった経験もあるでしょう。
こちらは水分に加えて異物が折れやすさの原因になります。
これらの異物は、スライム本体の分子とは全く結びつかない「よそ者」です。
スライムから見ると、異物が混じった場所は分子同士の手のつなぎが途切れた空白地帯のようなものになります。
材料工学の言葉で言えば、異物の周りには「応力が集中する点」ができてしまうのです。
ではスライムと今回の発見は同じものなのか、というとそうではありません。
スライムはもともと分子同士の結びつきがとても強く、誰が触っても明らかに”変な液体”だとわかる特別な物質(複雑流体:complex fluid)です。
これに対して今回ドレクセル大学のチームが示したのは、そうしたスライムのような複雑流体(complex fluid)ではない普通の液体(simple liquid )であっても、十分な速さで引っ張れば同じように”折れる”瞬間がやってくる、という事実でした。
つまりこれまで「スライムのような奇妙な液体だけの特技」だと思われていた現象が、実はすべての液体に眠っているかもしれないという可能性を開いたのです。
子供の頃にスライムを引きちぎって遊んだあの感触は、もしかすると「液体の折れ」という物質の最も深い秘密への入り口だったのかもしれません。
























液体の破断は特に珍しい現象ではありません。
水の破断はキャビテーションとして、撹拌装着や船舶等のスクリューが高速回転しているときのプロペラの表面や、超音波洗浄機・加湿器の槽内で発生しています。
指や首を曲げた時にポキッと鳴るのも関節内液(滑液)のキャビテーションです。
今回の研究によりこれらの現象も含め液体が20kg/cm2で破断することを明らかになったことで、キャビテーションによる損傷を低減する技術の進歩が期待されます。
キャビテーションは「蒸気の泡の発生」であり、「液体自体の破断」とは全く異なる現象です。
折れた瞬間の衝撃と、折れた瞬間にそこに一瞬真空状態ができる(気圧が低いから蒸気になるけど)、って考えると
真空が元の気圧に戻る時の衝撃と、折れた時の衝撃が共鳴してんじゃない?
逆に言えばタイミングをずらして打ち消し合えば衝撃消せるんちゃうっていう
キャビテーションを語りたい方ですね
折れた瞬間にそこに一瞬真空状態ができる…って、そもそもキャビテーションの時には丸い泡が無数に発生するだけで、折れてなどいないじゃん!
流体が流動する間もなく千切れるから折れるわけで、それに対して液体が流動しているからこそ(液体に面状の割れ目・裂け目が出来るのではなく)泡が丸くなるのだから、丸い泡が出来る以上、キャビテーションは記事で紹介されている「液体の破断」とは全く異なる現象だよ。
勢いよく伸ばすとプチッて切れるのは知ってたけど、そもそもスライムとか粘度の高いのって、固体かと思ってた。よく考えれば液体なんだよな
普通に鋏で切れるけど
シリコンシーラーや水飴、高温で融けたガラス等々も鋏で切れるのですから、鋏で切れる事と、液体であるか否かは関係無いでしょう。
えぇ…こんなんチューイングキャンディとか飴でもなるから子供の頃から気づいてたわ
口の中でも起きる
噛み締めた後、素早く口開けるとパチンって破断するお菓子があることに気づいた人は多いはずだ
>スライムを思い切り叩いたり、勢いよく引っ張ったりすると、どうなるでしょうか。
>急に硬くなって跳ね返したり、「ブチッ」と音を立てて切れたりします。
そりゃあ「スライム」の話じゃなくて「ミーバ」だろ!
キャビテーションは流速と圧力のエネルギー保存則で説明できる事象なので今回の話題はそれとは別事象ですね。
パキッと破断するのであれば、破断の開始点に応力が集中するとか、その材料がどの様な結晶粒界になってるかなどの材料工学の視点からの研究もなされるのでしょうね
片栗粉を湯で練ったものを素早く捏ねると割れるのは子どもの頃から経験していました。
だから驚かないのは私だけですか?
(参考70才の私です)
片栗粉はスライムと同じ理屈
でもその現象は「親戚」みたいなものであり「本人」ではありません
それと同じ現象が水のような全ての「液体」で発生する可能性がある
「液体」が金属のようにパキッと断裂すると想像できましたか?
できていないのに驚かないのは経験値で驚かないように
心がブレーキをかけているからです
粘性に対する垂直成分力に上限があり、離散的特性があるのだとすると、流体の層流から乱流への転換点や、カルマン渦列の起点の解明に関連したりするのかな。気圧によって20kg/cm2が変わったりするんだろうか?
層流、乱流、カルマン渦列はいずれも流れてはいるわけですから、上限には達していない事になりますので、関係無いと考えられます。