158年信じられてきた幾何学のルール、ドーナツ2つで覆される――「部分を測っても全体は決まらない」
158年信じられてきた幾何学のルール、ドーナツ2つで覆される――「部分を測っても全体は決まらない」 / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0
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158年信じられてきた幾何学のルール、ドーナツ2つで覆される――「部分を測っても全体は決まらない」 (2/4)

2026.04.28 20:10:05 Tuesday

前ページアリは自分が乗っている形を知ることができるのか

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ついに見つかった双子のドーナツ

見つかった双子ドーナッツの姿

ついに見つかった双子のドーナツ
ついに見つかった双子のドーナツ / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

そして2025年、3人の数学者がこの膠着を打ち破ります。

アレクサンダー・ボベンコ(ベルリン工科大学)、ティム・ホフマン(ミュンヘン工科大学)、アンドリュー・セージマン=ファーナス(ノースカロライナ州立大学)。彼らが初めて具体的に構成してみせたのは、目に見える双子のドーナツでした。

論文には、ついに見つかった2つの双子のドーナツの図が添えられています。

ただしここでの「ドーナツ」は、私たちが食べるあの輪のかたちそのものではなく、いくつかの球がからみ合いながら閉じた、やや異形の形です。

上のドーナツと下のドーナツは、表面のどの地点をとっても道のりと曲がり具合が完全に一致しています。

けれど、よく見比べると、ふくらみ同士の間隔が微妙に違う。一方では大きなふくらみが少し近寄っていて、もう一方では少し離れている。

どう回転させても、ひっくり返しても、一方をもう一方にぴったり重ねることはできません。

つまりこういうことです。

「2つの異なるドーナツの表面に、それぞれアリを置く。どちらのアリも、足元の道のりと曲がり具合をどれだけ精密に測っても、まったく同じ結果しか得られない。なのに、本当はまったく別の形のドーナツに乗っている」

これが、158年越しの問いに対する答えでした。

そしてこの答えは、私たちの直感とは正反対のものでした。

「部分の情報をすべて集めても、組み上がる全体は1つではない」

この事実は、ボネの素朴な信念を粉々にしただけではありません。同じ論文の中で、研究チームはもうひとつの長年の難問にも決着をつけました。

「コーン=フォッセン−ベルガー問題」と呼ばれるその問いは、より厳しい条件、すなわち「実解析的な(数式できれいに表せるほど規則的な)曲面」に限った場合でも、同じことが起こり得るかを問うものです。

著名な数学者マルセル・ベルガーが2010年に「私たちが曲面についてまだ完全にはできないこと」の筆頭に挙げた問題でもあります。

研究チームは、自分たちが構築したドーナツのペアが、実は実解析的な(数式できれいに表せるほど規則的な、ベキ級数)性質まで備えていることを示しました。

ひとつの論文で、158年の難問と、未解決だった別の難問が、同時に決着したのです。

粗いポリゴンのドーナツが解いた、158年の謎

粗いポリゴンのドーナツが解いた、158年の謎
粗いポリゴンのドーナツが解いた、158年の謎 / Credit: Bobenko, Hoffmann & Sageman-Furnas, Publ. math. IHÉS 142, 241–293 (2025) / CC BY 4.0

この発見の経緯には、現代らしい不思議なねじれがあります。

研究チームは最初から、滑らかな美しいドーナツを考えていたわけではありませんでした。

きっかけになったのは、「離散微分幾何学」と呼ばれる比較的新しい分野でした。これは曲面を、なめらかな数式ではなく、カクカクの多角形の集まりとして扱う数学です。3DCG、ゲーム、建築の自由曲面設計など、現代テクノロジーの裏側で広く使われている技術の理論的基盤でもあります。

研究チームは、コンピュータ上で実験を始めました。使ったのは、わずか5×7=35個の頂点でできた、超粗いドーナツ型の格子モデルです。

このカクカクのドーナツは、研究にまつわる報道によれば、研究者たちのあいだで「rhino(サイ)」というあだ名で呼ばれていました。

共著者のホフマン教授は、初めてこの「サイ」を見せられたときの正直な感想を「最初は、数値計算のゴミにしか見えなかった」と振り返っているとされています。

それでも彼は研究を続行しました。「もっとひどいのを見たことがある」と冗談めかして言ったそうです。

そしてこのカクカクの粗いドーナツが、信じがたい性質を秘めていました。

たった35個の点しかないこの離散モデルが、滑らかなボネペアを構築するために必要な、ある決定的な特徴を備えていたのです。

具体的には、片方向に走る曲率線(曲面の上を走る特別な線)が、それぞれ平面上に収まっていました。これは「平面的な曲率線」と呼ばれる性質で、滑らかな曲面では非常に扱いやすい構造です。

研究チームは気づきました。「この粗いモデルが教えてくれているのは、滑らかなボネペアを作るためのレシピそのものではないか」と。

つまり、35個の点からなるローポリゴンのドーナツが、158年の未解決問題を解く鍵だったのです。

具体的なアプローチは、こう要約できます。

研究チームは、ドーナツを「等温曲面(アイソサーミック曲面)」と呼ばれる、19世紀から研究されてきた特別な種類の曲面として扱いました。

等温曲面は、表面を局所的には碁盤の目状にきれいな正方形に分割できるという、非常に扱いやすい性質を持ちます。

そのうえで、ドーナツを「バウムクーヘンの一切れ」のように分割することを考えました。1切れの基本パーツを、軸の周りに何度か回転させてつなぎ合わせ、最終的にぐるりと一周させてドーナツを閉じる。3切れなら120°ずつ、4切れなら90°ずつ。

このとき、双子のドーナツが成立するためには2つの条件を同時に満たす必要があります。

ひとつは「回転角がきっちり割り切れる角度であること」。中途半端な角度だと、何回回しても元の位置に戻らず、ドーナツは閉じません。

もうひとつは**「1周回ったときに、回転軸方向のズレがゼロになること」**。1切れごとに少しずつ軸方向に積み上がっていくと、ドーナツではなく螺旋階段になってしまいます。

研究チームの真の偉業は、この「ぴったり割り切れる角度」と「ズレがゼロ」を、双子のドーナツの両方に対して同時に成り立たせる構成を発見したことでした。

そしてコンピュータでの数値計算により、3回対称(120°回転)と4回対称(90°回転)の、美しいボネペアの実例を構築することに成功します。

論文の著者の一人、ボベンコ教授は、実は2000年代にもこの問題に取り組んでいました。一度は手詰まりで脇に置きましたが、2018年に離散モデルからの手がかりが研究を動かし直したと紹介されています。20年以上にわたる、執念の研究です。

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