数学の世界から万物の理論に「待った」がかかっている

現代の物理学には、まだ説明がつかない謎が残っています。その典型的な例が、「ブラックホールの中心(特異点)」や「宇宙誕生の瞬間(ビッグバン)」です。
こうした極限状態では、現在の物理理論(相対性理論や量子力学)はうまく機能せず、何が起こっているのかを完全には説明できません。
そこで科学者たちは、これらを含む宇宙のあらゆる現象を一つの枠組みで説明できる「究極の理論」、いわゆる「万物の理論」を追い求めてきました。
相対性理論と量子論を統一し、自然界に存在する四つの力(重力・電磁気力・弱い力・強い力)をまとめ上げるこの理論が完成すれば、物理学は全ての謎を解き明かせると期待されたのです。
しかし、このような理論が本当に作れるのかという疑問も、実は以前から指摘されていました。
その理由は物理学ではなく、数学や論理学の世界にありました。
1930年代に数学者のクルト・ゲーデルが示した有名な「ゲーデルの不完全性定理」では、どんなに完璧に見える数学的な理論であっても、一定の条件を満たす限り、その理論内で証明も計算もできない「真実の命題(主張)」が必ず存在すると示されています。
また現代の数学者グレゴリー・チャイティンは、「公理(理論の出発点)」と「計算ルール」のみで構築された理論には情報量の限界があり、その限界を超えるような複雑な問題は原理的に証明も反証も不可能であるという「チャイティンの情報理論的不完全性定理」を発見しました。
これらの定理は、数学や計算という手法には本質的に超えられない壁があることを意味しているのです。
言い換えれば、「理論Aですべてを説明する」といった場合でも、必ずその理論Aでは扱えない問題が残ってしまうのです。
論理学や数学が発見したこの限界は、物理学にも当てはまるのでしょうか?
ゲーデルの発見以降、数学・論理学やコンピュータ科学では、何があっても計算で解けない問題がいくつも見つかっています。
たとえばチューリングの停止問題では「あるコンピュータプログラムが有限時間で止まるかどうか」を判定する一般的方法が存在しないことが証明されています。
これは「どんなアルゴリズムよりも難しい問題」がこの世にあることを意味します。
同じように、数学者タルスキーは「ある形式体系の中では、その体系の“真理”を完全に定義することはできない」という定理を示しました(真理の不可定義性定理)。
また、数学者アルフレッド・タルスキーは、数学の理論が「これが真実である」と理論の中だけで完全に定義するのは不可能だという「真理の定義不可能性定理」を示しました。
これは、「何が本当に正しいか」を決定すること自体に、数学的な限界があることを意味しています。
さらに、現代の数学者グレゴリー・チャイティンは、もっと具体的な限界を発見しました。
彼の定理によると、ある理論が「正しい」と証明できる情報の量には上限(限界)があって、それを超えるほど複雑な問題になると、そもそもその理論では永遠に証明することも反証することもできなくなってしまうというのです。
つまり、どんなに頑張っても論理や計算だけでは絶対に超えられない境界線があるということです。
そして、実はこうした「論理の壁」は数学や計算の世界だけでなく、物理学にも大きな影響を与える可能性があります。
もし物理学の究極理論が本当にそのような「有限の公理+アルゴリズム」だけで構築されるとすると、先ほど述べたゲーデルやチャイティンが示した数学の限界も、物理学にそのまま当てはまることになってしまいます。
これはどういうことかというと、「物理学の究極理論であっても、どうしても証明も計算もできない現象や問題が必ず残ってしまう」ことになるのです。
今回紹介しているMir Faizal氏らの研究チームは、まさにこの点を深く掘り下げ、万物の理論に至る道として現在研究されている「量子重力理論」(重力を量子力学と統一する理論)を分析することにしました。
「純粋にアルゴリズムだけで成り立つ万物の理論」は存在しないのでしょうか?