数式を重ねて作った「万物の理論」にも限界がある

「純粋にアルゴリズムだけで成り立つ万物の理論」は存在しないの?
研究者たちはまず、将来想定される「万物の理論」(特に重力と量子論を統一する量子重力理論)を、数学の言葉で厳密に表現できるものと仮定しました。
つまり、その理論には基本となるいくつかの原理(公理)があり、それに基づいてコンピューターのように計算(アルゴリズム)を行えば、あらゆる物理現象を導けるはずだ、と考えたのです。
この考え方は、物理学者たちの間で影響力を持つ「宇宙は基本的に計算(ビット)で記述できる」というアイデアに沿ったものです。
ところがここで、数学が明らかにした「理論的な限界」が問題になってきます。
研究チームが注目したのは、数学者ゲーデルやチャイティンが示した論理の壁です。
ゲーデルの不完全性定理は、「十分に複雑で無矛盾な(矛盾が起きない)理論には、必ずその理論内では『正しいかどうか証明も計算もできない問題』が存在する」というものでした。
また、チャイティンの情報理論的不完全性定理は、「どんなに優れた理論でも、一定の複雑さを超える問題については、そもそも証明や計算自体が不可能である」ということを示しています。
研究チームは、これらの定理を仮想的な万物の理論(量子重力理論)に適用することを試みました。
その結果、この(とりあえずの)「万物の理論」の内部にも、やはり「証明や計算によっては絶対に解けない問題」が存在することを見つけたのです。
これは物理的に言い換えれば、「有限のルールに従った計算だけでは導き出せない物理現象」が必ずあるということです。
言い換えれば、たとえ量子重力理論が発展して「万物の理論」が完成したとしても、それでは説明できない物理現象が必ず見つかり、人類は無限に究極の理論を探し続けなければならないというわけです。
では、この結果は物理学に対して悲観的な未来を意味するのでしょうか?
研究チームはそう結論づけるのではなく、解決策として「メタ万物の理論」という新しい枠組みを提案しています。
メタ万物の理論とは、一言で言えば、理論の外側から「これは真だ」と認める『真理のスタンプ』T(x)と、計算に依らない推論を組み込むことで、通常のアルゴリズムでは扱えない現象にも道を開こうというものです。
簡単に言えば、計算や情報(ビット)だけでは描ききれない現実の姿を捉えるために、非アルゴリズム的な要素を理論に組み込もうというアプローチです。
研究では、これによって「計算による描写が破綻しても、科学そのものが破綻するわけではない」と述べられています。
さらに、この研究から導かれた興味深い帰結があります。
先述のように、純粋にアルゴリズムな理論では宇宙を完全に再現できないとすれば、この宇宙そのものをコンピューター上でシミュレーションすることもできないことになります。
実際、研究チームは「メタ万物理論を前提とすると、『宇宙はシミュレーションではない(”our universe is definitely not a simulation.”)』と論理的に結論づけられる」という大胆な見解を導き出しました。
コンピューターで動くプログラム(アルゴリズム)には、宇宙に含まれる“非アルゴリズム的”な部分が再現できないため、どんなに性能の高い計算機でも現実そのものを完全にコピーすることは不可能だというのです。