『万物の理論』崩壊の先にある、物理学の未来とは?

この研究は、物理学における「万物の理論」の捉え方に大きな一石を投じるものです。
もし万物の理論にさえ計算の限界があると広く認められれば、科学者たちはこれまでとは異なるアプローチを模索し始めるでしょう。
単一の方程式や完璧なシミュレーションで宇宙を記述しようとするよりも、論理学や計算理論と向き合いながら現象を理解するという、学際的で柔軟な研究姿勢が求められるかもしれません。
これは今後、理論物理と数理論理学の接点が新たなフロンティアになる可能性を示唆しています。
また先に述べたように、著者らはこの研究から「メタ万物の理論の前提を採用するならば、『私たちの宇宙はコンピュータ・シミュレーションではない』と論理的に結論づけられる」という見解も導いています。
近年、一部の科学者や哲学者は「高度に発達した文明が宇宙全体を計算機上で再現している(つまり今の人類も誰かの作ったシミュレーション世界に生きている)」という仮説を議論しています。
哲学者ニック・ボストロムは2003年に発表した論文の中で、「将来十分に進歩した文明が多数の宇宙シミュレーションを行うなら、いま生きている私たちが“現実”ではなく無数に作られた仮想世界の一つにいる可能性は高い」と指摘しました。
しかし本研究によれば、宇宙そのものを完全に計算で再現すること自体が不可能なのです。
シミュレーション仮説では宇宙の法則もコンピュータのプログラムで動いていると考えますが、もし宇宙にアルゴリズムでは記述できない真理があるなら、いかなるスーパーコンピュータをもってしてもそれを再現できません。
この結論はSFのような話題に思えますが、私たちの存在論にも関わる深遠な示唆と言えるでしょう。
少なくとも、「この世界は誰かのゲームの中かも…」という不安をちょっと和らげてくれるかもしれません。
最後に強調したいのは、科学の探究心はこれで失速するどころか、ますます創造的になるだろうという点です。
ゲーデルの不完全性定理が証明されたとき、一部では「数学の敗北」と受け取られましたが、実際にはその後の計算機科学の発展などにつながり、人類の知の地平は広がりました。
今回も同様に、「アルゴリズム万能の時代」の終わりは「新しい知の時代」の始まりになるでしょう。
宇宙の謎は一筋縄ではいきません。
しかし、それゆえにこそ科学者たちは発想を転換し、新たな扉を開こうとしているのです。
今後、万物の理論をめぐる研究がどのように展開していくのか、私たちも大いに注目していきたいと思います。