6年にわたりジンベエザメの皮膚サンプルを採取し続けた結果
ジンベエザメは現存する魚類の中で最も大きな生き物です。
サメとは言うものの、ホオジロザメのような凶暴な歯はすでに退化しており、プランクトンを吸い込んで食べる濾過摂食となっています。
なので人を襲うこともありません。(ただし巨体ゆえに接触すると危険です)
一方でジンベエザメの生態に関しては、いつどこで繁殖し、何をどれくらい食べているかなど、未解明な点が多いのも事実です。
そこでUWAの海洋生物学者たちは過去6年にわたり、オーストラリア西海岸のサンゴ礁帯であるニンガルー・リーフ周辺に生息するジンベエザメ72匹の追跡調査を行ってきました。
当初の目的は、ジンベエザメの皮膚や寄生生物を採取し、そこに含まれる化学物質を調べることで、何を食べているかを間接的に明らかにすることでした。
というのも、ジンベエザメは夜間や深海で餌を食べるため、食事シーンを直接観察することが難しいからです。
さらに近年では、皮膚に付着するカイアシ類を分析することで、詳しい食事データが得られることが分かってきました。
カイアシ類は小型の甲殻類で、世界に約1万5000種が知られており、その約35%は寄生および共生種となっています。
そこでチームはカイアシ類を集中的に採取するようになりましたが、6年間の調査で明らかになったのは、食習慣よりもむしろジンベエザメの意外な性質でした。
採取の間、泳ぎをやめて止まってくれるように
研究者たちは定期的に、ジンベエザメの口元やヒレに寄生したカイアシ類をプラスチック製のナイフを使って、こそげ取るように採取していました。
ところが研究主任のマーク・ミーカン(Mark Meekan)氏によると、最初の頃はその作業も一筋縄ではいかなかったといいます。
「水中ではゆっくり泳いでいるように見えますが、ジンベエザメに追いつくのは大変なことで、ましてや頭まで近づいて息を止めながらカイアシ類の採集をするのは極めて困難でした」と話しています。
ジンベエザメの方も、ダイバーがカイアシの除去に来たからといって、立ち止まってくれることはなかったそうです。
ところが変化は最近になって表れ始めました。
なんとダイバーがいつものようにプラスチック製ナイフを持って近づくと、ジンベエザメたちが泳ぎをゆっくりにしてくれたり、完全に止まってくれるようになったのです。
もちろん、すべての個体がそうなった訳ではありません。
しかし「何匹かのジンベエザメは私たちが近づくと明らかにスピードを落とし、サンプル採取に協力的になって作業をやりやすくしてくれました」とミーカン氏は話します。
作業が終わると、ジンベエザメはまた元のスピードでその場を後にしました。
実は、皮膚に付着するカイアシの除去はジンベエザメにとっても有益です。
たとえば、カイアシ類があまりにも大量に繁殖すると、水の抵抗が増えて泳ぎに支障をきたすことがあります。
あるいは皮膚に紛れ込んだ有害な細菌は傷口から侵入して、感染症を引き起こす恐れもあるのです。
もしかしたらジンベエザメたちはダイバーがカイアシの除去をしてくれる度に「なんだか泳ぎにキレが出てきたなぁ〜」とか思っていたのかもしれません。
ミーカン氏自身はこう解釈しています。
「ジンベエザメには普通、コバンザメのような小型の魚類が寄ってきて皮膚の寄生生物を食べていってくれます。
彼らはおそらく私たちを見て、”今まで見た中で一番大きなクリーナーフィッシュ(掃除魚)が来たな”くらいに思っているのでしょう」
のんびりマイペースに泳いでいるだけに見えるジンベエザメですが、実際にはちゃんと周りを見て自分に有益なものには泳ぎを合わせてくれる高い知性があるようです。
テレビなどで大きな魚と掃除魚が連れ添って泳ぐ姿を見て、ああした共生関係がどうやって生まれるのか不思議に思っていた人もいるでしょう。
しかし、ジンベエザメが研究者の数年の採集活動でも協力的になってくれるところを見ると、そんな関係は案外簡単に生まれるのかもしれません。