「安全行動」は自分自身の好感や信頼度を下げてしまう?
アメリカ精神医学会(APA)によると、社会不安障害(SAD)は「他者から詮索される可能性のある社会的場面において、否定的に評価されることへ過度な不安を持つこと」と定義されています。
たとえば、人前でのスピーチや会食、電話での会話、他人の視線への恐怖です。
こうした場面でSADの人々は「失敗したらどうしよう」「嫌われたくない」「変なヤツだと思われたら」と不安を募らせてしまうのです。
そこでSADの人々は、こうした不安を事前に防ぐために心理的な「安全行動」を取ることがあります。
具体的な行動例としては、以下のものが挙げられます。
・話すことをカンペや紙に書き出し、事前にリハーサルする
・出来るだけ目立たないよう、人や物陰に隠れる
・相手と視線を合わせない
・自分からはほとんど話をしない
・食べる姿を見られたくないから人前では食べない
・余裕を持っているかのように振るまう
これらの安全行動により、一時的に不安を和らげたり、失敗を防いだりできますが、これが癖になると安全行動が止められなくなり、長期的には社会不安を長引かせる原因となってしまいます。
そこで研究チームは今回、SAD患者の安全行動がコミュニケーション相手からどのように認識され、どんな評価につながるかを調べることにしました。
実験では、カナダの大学から40名(平均18.6歳)に「非SADグループ」として、現にSADと診断されている患者29名(平均35.5歳)に「SADグループ」として協力してもらいました。
また、これらの参加者と会話をしてもらう実験側の協力者として、8名の女性に参加してもらっています。
まず参加者たちには「社会不安症」や「安全行動」のレベルを測定するために、8名の協力者たちも同席する部屋でアンケートの記入をしてもらいました。(女性たちも一参加者として、アンケートに記入しているフリをします)
アンケートが終了すると、参加者は8名の女性のうちの誰かとペアを組んで、会話するよう求められました。
このタスクでは「会話パートナーに自分について少し話してください」と指示されます。
会話タスクの終了後、参加者には再度、「安全行動の使用頻度」や「自分自身の信頼度(自分が他者にとってどれだけ信頼できる人間か)」を評価するアンケートに答えてもらいました。
8名の協力者には別室にて、会話をした参加者にどれだけ好感を抱いたか、どれほど信頼できる人物と思ったかについてアンケートに答えてもらっています。
これらのデータを分析した結果、SADの参加者は非SADの参加者に比べて、安全行動の使用頻度が顕著に高いことが分かりました。
そして非SADの参加者に比べて、SADの人々は8名の協力者による好感度と信頼度の評価が有意に低いことが判明したのです。
加えて、SADグループは非SADより、自分自身を「信頼性が低い」と認識する傾向が強いことも明らかになりました。
以上の結果から、研究主任のグリシュマ・ダバス(Grishma Dabas)氏は「SADの人々が信頼性に欠け、不誠実だと認識されやすい原因は、安全行動の使用頻度が高いことにある」と述べています。
安全行動によって嫌われることは回避できても、相手に好感を与えることはできず、結果として距離を縮めたり、交流を深めることはできないのかもしれません。
一方でチームは、今回の実験プロセスについて、SADと非SADグループで年齢差が大きいこと、協力者(女性)との会話で性別が一致しないこともあったため、それにより不安感が増した可能性など、いくつかの限界があることも認めています。
チームは今後、この問題点を解消した実験を行い、SADと安全行動に関する理解を深めていく予定です。
今回の研究は社会不安障害(SAD)を持つ人々を対象に行われたものですが、人から嫌われないように無難なコミュニケーションを選択することは誰にでも少なからず起きることです。
自分をさらけ出すことを恐れていては、真に良好な人間関係は築けないのかもしれません。