墓は後世に開かれて、再利用されていた
今回の調査で明らかになったのは、王妃アリゼンダの墓だけではありません。
研究チームは、創建期に関わる14世紀の墓8基を開き、合計25人分の遺骨を調査しました。
そこから見えてきたのは、墓が後世に再び開かれ、複数回にわたって再利用されていたという事実です。
たとえば、もともと騎士アルタウ・デ・フォセスの墓と考えられていた場所では、男性の遺骨は確認されませんでした。
見つかったのは、成人女性2人と子ども3人の遺骨です。
さらに、女性の一人では長いポニーテールが頭蓋骨につながった状態で保存されていました。
【その実際の画像がこちら。遺骨の画像が苦手な方は閲覧にご注意ください】
この発見は、墓の伝承や歴史的帰属が、実際の埋葬状況と必ずしも一致しないことを示しています。
また、王妃アリゼンダの姪であり、第2代女子修道院長だったフランチェスカ・サポルテリャの墓とされる場所からは、少なくとも9人分の遺骨が見つかりました。
そこには、刺し傷のある男性の頭蓋骨4つが含まれていました。
さらに、産道内に妊娠20〜23週の胎児の遺骸を伴う、女性のミイラ化した胴体も確認されています。
これらの人物が誰で、なぜ同じ墓に納められたのかは、現時点ではまだ確定していません。

ただし、墓の再利用や遺骸の移動が行われていたことは、当時の埋葬が単純に「亡くなった人を一度埋めて終わり」というものではなかったことを示しています。
墓は、家族、身分、信仰、記憶をつなぐ場所であり、時代の変化に応じて整理され直されることもあったのでしょう。
そして今回、特に謎を残しているのが、初代女子修道院長ソビラナ・オルゼットの墓です。
研究者たちは、彼女の生涯について知られている情報と一致する骨を確認しましたが、その顔には死亡直前、あるいは死亡時についたとみられる謎の外傷がありました。
この傷はナイフによるものの可能性があり、現在も詳しい調査が続けられています。
ただし、この傷がどのような状況で生じたのかは、まだわかっていません。
暴力によるものなのか、死後の処置や別の出来事に関係するものなのか、現段階で断定することはできません。
今後の分析によって、埋葬された人々の身元、血縁関係、生物学的な出自、場合によっては古代の病原体の有無まで調べられる可能性があります。
ただし、遺伝子解析はまだ初期段階であり、最終的な解釈は2027年ごろまで続く追加調査を待つ必要があります。
王妃アリゼンダの墓を開いた今回の研究は、単に有名人の遺骨を確認する作業ではありません。
そこから見えてきたのは、中世バルセロナで女性たちが築いた宗教共同体の姿であり、王妃、修道院長、子ども、身元不明の男性たちが、どのように死後の世界で記憶されてきたのかという問いです。
慎重に開かれたその墓からは、王妃の晩年、女性たちの信仰、再利用された墓の歴史、そしてまだ説明できない傷跡が、700年の沈黙を破って少しずつ姿を現しているのです。



















































