私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない

この問いに答えるには、物理学でいう「真空」の意味を知る必要があります。
物理の真空とは「空っぽの空間」ではなく、「これ以上エネルギーを下げられない、いちばん安定した底」のことです。
安定な底にいるなら終末が訪れなさそうに思えますが、問題は底が1つとは限らないことです。
あなたが今、ある谷の底にいるとしましょう。
見渡すかぎり山に囲まれていて、ここが一番低い場所に見えます。
けれど山の向こう側に、今いる谷よりもっと深い谷(安定した世界)が隠れているかもしれません。
1977年、アメリカの理論物理学者シドニー・コールマンは、まさにこの構図を宇宙にあてはめました。
私たちの宇宙は一番深い谷に落ち着いたのではなく、山に囲まれた浅い谷——「偽の真空」に留まっているだけかもしれない、と。

「でも山があるなら大丈夫では?」と思いたくなります。
実際、この山——エネルギーの壁——は途方もなく巨大で、人類がどれほどエネルギーをかき集めても正面から越えることはできません。
たとえ私たちの周りにあるものが偽の真空であっても138億年にわたって安定してこられたのは、この壁のおかげです。
ところが、量子の世界にはやっかいな抜け道があるのです。
エネルギーを一切使わずに、山を”すり抜けて”しまう現象——量子トンネル効果と呼ばれるものです。
山を登って越えるのではなく、山の中をトンネルが貫通してしまう……そんなイメージです。
そしてこのトンネルを抜けて、今の底よりもっと安定した底に到達すると、そこにごく小さな「泡」が生まれます。
この泡の内部は、今の宇宙よりもさらに安定した「本当の底」です。
そして本当の底のほうが安定しているため、泡はまわりの空間を引きずり込みながら、光速に近い速さで膨張していきます。
トンネル効果で生じたたった1つの泡が、宇宙のどこかに生まれるだけで十分です。
宇宙のすべてが、新しい底に向かって変わり始めます。
しかも、新しい底での物理法則は今のものとは異なります。
原子の構造も、力の強さも、すべてが書き換わりうるのです。
いま「当たり前」として私たちが頼っているルールが、丸ごと消え去る可能性があります。
これが真空崩壊、あるいは偽真空崩壊と呼ばれている——宇宙の究極の「衣替え」とも呼べるシナリオです。
ですが偽真空崩壊はの魅力は恐ろしさだけではありません。
小さな量子の世界と大きな宇宙スケールの物理が交わる、非常に奥深い問題でもあるのです。
というのも、週末の種となる最初のトンネル効果は極小の量子現象ですが、その結果として生まれる泡の膨張は宇宙全体に及ぶからです。
そのため偽真空崩壊を研究することで、「小さな世界」と「大きな世界」をうまく結ぶヒントが得られると考えられています。
ただ、宇宙の終わりを「実験」でそのまま調べるのは当然ながら困難です。
そこで物理学者たちは、まったく別のものを使って、この「終末」を”見立てる”ことにしました。



























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