その2「真実の愛を見つければ、私は幸福になれる」
次に危険なのは、「真実の愛を見つけて初めて、私は幸福な存在になれる」という思い込みです。
現代の映画や恋愛物語では、どこかに自分を完全な存在にしてくれる“運命の相手”がいるかのように描かれることがあります。
これに影響を受けて、「自分はもう半分を必要としている欠けた存在であり、完成を待つジグソーパズルのピースなのだ」という信念を内面化している人も多いです。
これに関して、フランスの哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、自分を不完全な存在と見なし、他者によって完成されようとする考え方の危うさを指摘しました。
彼女が問題視したのは、愛そのものではなく、「誰かに愛されて初めて私は完成する」という考え方です。
彼女にとって人間は、最初から決まった本質を持つ存在ではなく、自分の選択や行動によって人生を作っていく自由な存在です。
そのため、「運命の相手が私を幸せにしてくれる」と信じることは、自分の自由や責任を他者に預けてしまう危険な態度になりかねません。
恋愛の中で、自分の夢や価値観や未来を手放し、相手に尽くすことだけで自分の意味を得ようとすると、その人は主体として生きるのではなく、相手の人生に従属する存在になってしまう、といいます。
ボーヴォワールが指摘したのは、恋愛を人生の救済装置にしてはいけないということです。
愛は大切です。
しかし、愛によって自分が完成するのではありません。
自分の自由、選択、仕事、関心、友情、価値観を持った一人の人間が、同じく自由な一人の人間と関係を結ぶとき、愛は豊かなものになります。
逆に、「私は不完全で、誰かに完成させてもらわなければならない」と考えると、愛は依存や支配に変わりやすくなります。
要するに、彼女が言いたかったのは、愛されることで完全な人間になるのではなく、すでに自由な人間として生きる者同士が、互いを選び合うことこそが本来的な愛だということです。

























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