「156年」という寿命限度について
今回の研究では、体細胞変異が細胞の生存に必要な遺伝子を壊し、その細胞を死なせた場合というかなり限定された条件のみを調べています。
しかし現実の体細胞変異は、常に細胞死だけを引き起こすわけではありません。
ほとんど影響しない変異もあれば、細胞を生かしたまま働きを低下させる変異や、周囲の細胞より増えやすくする変異もあります。
複数の変異が重なることで、細胞ががん化する場合もあります。
ただ今回の研究では、悪性化した細胞は若い状態を保った免疫監視によって処理されると仮定されており、年齢とともに増加するがん死亡は計算から除外されています。
(ただし、若い人にも存在する免疫監視の失敗やがんの危険性は、30歳時点の死亡率という形でモデルの中に含まれています)
また、がんには至らなくても、機能の低い細胞が増えて正常な細胞を置き換える可能性もありますが、そうした変異細胞が増殖し、同じ変異を持つ子孫を組織内へ広げる「クローン増殖」については、今回のモデルでは除外されています。
そのため、今回の研究が報告した肝臓が数万年間持つという結果に驚いた人も多いでしょうが、これはがんや異常クローンを含めた現実の肝臓の寿命を示したものではありません。
こうした問題は起きずに変異による細胞死だけが起きたと仮定した場合に、免疫系と再生能力が若い状態で保たれる条件では、肝臓が数万年保ったという推定なのです。
クローン増殖や細胞の機能低下を加えれば、増殖できる組織の限界は今回の推定よりかなり早まる可能性は十分にあります。
また、体細胞変異のような細胞のDNAが変化するという表現からは、放射線障害を思い浮かべる人もいるかもしれません。
放射線を大量に浴びてDNAが傷ついた人では、細胞分裂で代謝が進みやすい部分で問題が起きやすく、脳や心臓など代謝が少ない場所では特に変化が起きなかったというような報告がされています。
そのため、体細胞変異が残った場合に脳や心臓がネックになるという今回の報告は、放射線障害の場合とは、結果が逆転しているように見えるかも知れません。
しかし急性の高線量放射線では、骨髄や腸のように細胞を盛んに作り続ける組織自体が、短期間にまとめて傷つき、細胞を供給する仕組みそのものが止まるため、新陳代謝の速い組織ほど早く機能不全が表れます。
一方、今回のモデルが扱ったのは、細胞の代謝自体に問題は起きず、幹細胞や再生能力は若い状態で働き続けると仮定しており、異常細胞のクローン増殖も起きないという条件です。
問題にしているのは、変異が蓄積して細胞が機能停止することののみです。
そのため、細胞補充がされやすい肝臓などの臓器ほど有利になり、細胞がほとんど補充できない脳や心臓では細胞の損失が蓄積して最終的に機能しなくなるという話になっています。
同じDNAに関係する現象でも、損傷が起こる速さと範囲、細胞を作る仕組みが保たれているかどうかによって、影響を受けやすい組織は変わります。
なので、今回のモデルはかなり限定的な条件であり、より詳細な結果を得るためには、今後腎臓、血管、血液、腸などの組織を加え、細胞の機能低下、がん、異常クローン、臓器間の相互作用まで扱う必要があります。
それでも、今回の研究は対処が現状の医学では難しいと考えられる体細胞変異が寿命に与える単独の影響について、ある程度予測できた点で興味深い報告です。
同様にミトコンドリア機能の低下やタンパク質管理の悪化、テロメア短縮など、ほかの老化要因も同じ枠組みで数量化できれば、それぞれが寿命へ与える影響を比較できる可能性があります。
老化を抑制したり、寿命を伸ばす技術については様々な研究が進んでいますが、老化は複合的な問題であるため、体細胞変異のように対処が難しい問題を残した場合、寿命自体はさほど伸びないということになるのかもしれません。

































