判断を動かしていたのは、心臓より胃の信号でした

では、なぜ慎重になったのでしょうか。
この研究では、水をどれだけ飲めるかで“お腹の感覚の鋭さ”を測る課題も行われていました。
その分析を進めると、締められた参加者の体では、お腹からの信号を感じ取る力が、鋭くなっていたのです。
しかも締めた日には、お腹の満腹感を聞き分ける力が鋭い人ほど、リスクを避けていました。
では、押されるとなぜ信号が強くなるのでしょうか。
うるさい部屋では、時計の秒針は聞こえません。
ところが深夜、静まり返った部屋で横になっていると、あの音が嫌になるほど耳につきます。
秒針の音量は、まったく変わっていない。
変わったのは、周囲との差です。
体の中でも似たことが起きていると考えられます。
ふだん胃から届いている微弱な報告は、他の刺激に埋もれて意識に上がってきません。
そこに外から圧をかけると、胃の膨らみをより感じ取りやすくなった、と考えられます。
その結果、ふだんは埋もれていたお腹の声が、判断の材料として使える大きさに達したのだと考えられます。
しかし、まだ肝心なことが残っています。
お腹の声が大きくなると、どうして判断のほうが変わるのでしょうか。
研究者たちが挙げる仮説の1つは、危ないときに理屈抜きで起こる体の反応です。
危ない選択肢を前にしたとき、人は考えるより先に体が反応します。
胃がきゅっと縮む。
手のひらが冷たくなる。
この反応が「なんとなく嫌な感じ」という目印になって、判断の中に混ざり込むという考えです。
これをソマティック・マーカー仮説と呼びます。
つまり体は、判断の後で反応しているのではありません。
もともと体は先回りして、票を投じていました。
この考えに沿えば、今回は圧迫によって内臓からの信号や体への注意が強まり、その一票が重くなった——そう考えられています。
ただし、今回確かめられたのは「補正下着で胴体を締めると、カード課題でリスク選択が減った」という因果関係の部分であり、その先の生物学的なメカニズムの解明には至っていません。
また締められて本当に胃の感覚が鋭くなったのか、それとも締め付けの不快感で体に注意が向いただけなのかについても、研究者たち自身、この二つをまだ区別できていないと認めています。
それでも今回の研究は、体と判断の関係をめぐる研究の見取り図を一歩進める研究だと言えます。
かつては「体の声を聞ける人は、良い判断をするのか」という視点が主でしたが、今回の研究は「体の声を大きくすれば、判断は変えられるのか」という部分に切り込んだからです。
腹をくくる。
肝が冷える。
腑に落ちる。
私たちが内臓の言葉で語ってきた判断のありようは、想像よりずっと物理的なものなのかもしれません。
少なくとも、胴体を少し締めるだけで動いてしまう程度には。





























