抗生物質のあとの世界へ

今回の報告により、最後の砦と言われる抗生物質にも耐性を持つ細菌に対して、細菌自身の武器を組み込んだウイルスを既存の治療に加えるという方法が、実際の患者で安全に実施でき、改善と結びついたことが示されました。
ただ研究者たちは、ファージウイルスの効果がどの程度であったかについては、まだ明言できないと言います。
ファージによる治療が始まる11日前から、男性は医師たちが選び直した3種類の抗菌薬に加え、高用量のビタミンCや排尿を助ける薬も投与されていたからです。
また細菌側の武器をウイルスに積み込んだことが、どれだけ効果があったかも、1件のケースからでは明言できません。
それでも、注目すべき事実は残ります。
この患者は、複数の抗生物質を長期間使い続けた1年あまりのあいだ、かたまりが膨らむのを止められませんでした。
そのかたまりが半分にまで縮んだのは、ファージが治療に加わっていた8週間のことだったのです。
現在、この男性に投与されたSNIPR001は、血液のがんで造血幹細胞の移植を控えた患者を対象に、腸内にひそむ薬の効きにくい大腸菌を減らし、血液に菌が入り込むリスクを下げられるかを確かめる臨床試験が進んでいます。
移植の前後は免疫が極端に落ち込むため、腸にいる大腸菌が血流へ入り込んで命に関わる感染を起こすことが知られています。
そこを先回りして潰そうという発想です。
現在開発元には、今回の症例と同じように「打つ手がなくなった患者に使わせてほしい」という要請が、すでに複数寄せられていると報じられています。
細菌が数十億年かけて築き上げた対ウイルス兵器は、いま人間の手で向きを変えられ、細菌そのものに突きつけられようとしています。

































