人間はそもそも「誰かを必要とする」ようにできている
何かうれしい出来事があったとき、「誰かに話したい」と感じた経験はないでしょうか。
昇進したとき、難しい仕事を終えたとき、健康上の良い知らせを受けたとき、あるいは家族が何かを成し遂げたとき、多くの人はその喜びを誰かと分かち合いたくなります。
これは単なる社交好きの性格ではありません。
人間にとって、出来事の価値は自分一人で味わうだけでなく、誰かと共有されることでより大きな意味を持つことがあります。
反対に、つらい出来事でも同じです。
苦しいときに誰かが話を聞いてくれたり、助けてくれたりすると、私たちは単に問題が解決したことだけをありがたいと感じるわけではありません。
「自分のことを見てもらえた」「自分は一人ではない」と感じられることそのものが、大きな支えになります。
心理学の「自己決定理論」では、人間が健やかに成長するために必要な基本的な心理欲求として、自律性、有能感、関係性の3つが挙げられています。
このうち関係性とは、他者とつながっていること、気にかけてもらっていること、自分には居場所があると感じることです。
実際、2023年にヨーロッパ27カ国の4万8550人を対象とした研究では、関係性の欲求が満たされている人ほど、幸福感や人生満足度、人生の意味が高く、抑うつ症状が少ない傾向が、調査されたすべての国で確認されています。
つまり「誰かが必要だ」と感じることは、人間としてどこか未熟だから起こるのではありません。
むしろ、他者と安定した関係を築きたいという欲求そのものが、人間の基本的な性質の一つだと考えられます。
では、それが一般に「依存的」と呼ばれる状態と何が違うのでしょうか。
重要なポイントは、他人を必要としているかどうかではなく、その人との関係がなければ自分自身の価値まで維持できなくなっているかどうかにあります。
心理学では、これに近い行動として「過剰な安心確認」が研究されています。
これは、自分が愛されているのか、自分には価値があるのか、相手との関係は本当に大丈夫なのかについて、すでに安心させてもらっていても、何度も繰り返し確認を求める傾向です。
たとえば不安なとき、パートナーに「大丈夫だよ」と言ってもらいたくなること自体は珍しくありません。
しかし、何度安心させてもらっても、「本当に嫌いになっていない?」「本当に別れない?」と繰り返し確認しなければ自分を保てないのであれば、そこでは単なる「つながりたい」という欲求とは別の問題が生まれています。
言い換えれば、健全な関係性とは人生を誰かと分かち合いたいという欲求であり、過剰な依存では自分の価値まで他人に証明してもらおうとするのです。
































