テストステロン注射を受けた男性、体の各部位が話しかけてくる症状を発症
テストステロン注射を受けた男性、体の各部位が話しかけてくる症状を発症 / Credit:Canva
medical

テストステロン注射を受けた男性、体の各部位が話しかけてくる症状を発症 (2/3)

2026.08.17 22:00:42 Monday

前ページ普通の治療のはずが、精神の危機に

<

1

2

3

>

検査で見つかった「隠れたもう1本のX染色体」

検査で見つかった「隠れたもう1本のX染色体」
検査で見つかった「隠れたもう1本のX染色体」 / Credit:Canva

入院した男性に対し、医療チームは精神症状の治療と並行して、全身の状態を調べ直しました。

そこで行われたのが染色体の検査です。

結果は意外なものでした。

男性は、生まれつきX染色体を1本多く持つ体質(クラインフェルター症候群)だったのです。

人間は通常46本の染色体を持ち、男性は「XY」、女性は「XX」という組み合わせの性染色体を持っています。

ところがこの男性の性染色体は、Xが1本多い「XXY」でした。

このXXYの体質は男の子のおよそ500〜1000人に1人にみられ、決して珍しいものではありません。

しかし目立った症状が出にくいため、本人も気づかないまま大人になるケースが多いことでも知られています。

XXYの体質を持つ男性には、テストステロンが十分に作られない、体毛が薄い、精巣が小さい、そして不妊といった特徴が現れやすくなります。

振り返れば、男性を15年間苦しめた不妊も、12年前に見つかった異常に低いホルモン値も、骨がスカスカになった骨粗鬆症も、この体質とつながっていた可能性があります。

45年間、誰にも気づかれなかった1本のX染色体が、彼の人生の裏側でずっと糸を引いていたのかもしれません。

そして医師たちは、精神症状の正体についても結論を出しました。

当初は突発的な精神の病も疑われましたが、症状が出たタイミングがホルモン治療の期間とぴったり重なること、本人にも家族にも精神疾患の病歴が一切ないこと、そして決め手のひとつになったのが、テストステロンの注射を止め、精神症状を抑える薬で治療したところ、数日のうちに苛立ちも誇大な思い込みも幻聴も目に見えて引いていったことです。

最終的な診断は「薬が引き金となって生じた幻覚・妄想状態(物質誘発性精神病性障害)」となりました。

男性ホルモンは筋肉や骨だけでなく、感情や行動に関わる脳の領域にも作用することが指摘されています。

ただ今回の場合、注射という投与方法の特性のほうが重要でした。

注射によるホルモン補充では、血中の濃度が急上昇したあと、次の注射までに急降下するというジェットコースターのような変動が起こりがちです。

著者らは、この揺さぶりが感受性の高い人では、快感や意欲に関わる脳内の情報伝達(ドーパミンなど)のバランスを乱しうると考えています。

さらにXXYの体質を持つ人は、もともと精神症状を発症しやすい傾向があることも報告されていました。

精神症状を起こしやすいとされる体質と、長いあいだホルモンが少なかったとみられる体。

そこに注射による急激な変動が加わったこと——それが、幻聴や妄想の引き金になった可能性があるというのです。

実際、救急搬送された時点の彼の血中テストステロンは、注射サイクルの「谷」にあたる低い値まで落ち込んでいました。

最後の注射から3週間あまりが過ぎ、ホルモンが谷に近づいていたとみられる時期の発症です。

ホルモンが少ないときに症状が出るのは一見奇妙ですが、論文の見立てでは、脳を揺さぶったのは急上昇と急降下を繰り返す変動そのものでした。

論文では、この谷の時期の低い値も、突発的な精神の病ではなく薬が引き金だったとする診断を支える手がかりの一つに挙げられています。

次ページそれでも彼にはホルモンが必要だった

<

1

2

3

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

医療のニュースmedical news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!