AIと著作権の関係を揺さぶる
この発見は、AIと著作権をめぐる議論の土台を揺さぶります。
出どころ探しが機能すれば、AIの出力と著作物の類似が「コピー」なのか「偶然の一致」なのかを判定できるはずでした。
しかも、出どころとのつながりは、学習画像が1万〜10万枚の規模ですでに大きく薄れていました。
実際に商用化されているAIには、その1万倍以上にあたる10億枚規模のデータで学習しているものもあります。
そのためコーネル大学の法学者ジェームズ・グリメルマン氏は「この論文は、AIではそれ(出どころ探し)が機能しない可能性を示しています。技術者や裁判所は、コピーを評価する別の方法に頼る必要があるでしょう」と指摘します。
そして論文は、さらに踏み込んだ警告も書いています。
著作権侵害を訴えるには「相手が自分の作品に触れていた」と示すことが要になりますが、出どころをたどれないことは、逆にその反論の材料として使われてしまいかねません。
さらにより現実的な問題として、追及が難しくなったからといって、クリエイターの被害そのものが消えるわけではありません。
論文は、著作物で学習したAIに、その著作物の代わりになる代替物を作らせて売る商用利用を、懸念すべき例として挙げています。
また重要なこととして、今回の研究は「AIは著作権を侵害していない」と証明した研究ではありません。
著者のデイビッド・ギフォード教授もこの結果をAI企業の免罪符にすべきではないと釘を刺しています。
実際、10億枚規模で学習した実用モデルでも、学習画像とほぼ同じ絵が出てくることが、およそ100万回に1回の割合で起こると報告されています。
「出どころ」がわからなくなることと、絶対にコピーが起こらないことは別の問題です。
一方でこの現象には、意外な”救い”の側面もあります。
大量の顔写真で学習したAIの場合、生成される顔画像は、学習に使われた特定の人物とは因果的に無関係であることが多く、意図せずして個人のプライバシーを守る方向に働くのです。
たとえばAIが描いた「ベンチで酔いつぶれている男性」が自分にそっくりだったとしても、その顔があなたの写真から来た証拠にはならない、というわけです。
とはいえ、絵を描く人にとっては厳しい現実が残ります。
「この出力は自分の作品に似ている、だから自分の作品が原因だ」という一点だけを技術的な根拠にして戦うことは、これから先いっそう難しくなりそうです。

私たちは長らく、AI画像の向こうには著作権をダイレクトに侵害された誰かがいると信じてきました。
「これは誰かの絵に似ている」という感覚も間違っているわけではありません。
実際、アンケートなどでその感覚が正しいことを共有することもできるでしょう。
ただ、人間が「似ている」と感じ取るその特徴は、AIの中では、たった一人の作者だけに結びついてはいませんでした。
AIは多くの作品にまたがる似た特徴を学んでおり、学習データからある作者の作品をまとめて抜いても、迂回ルートを通るように似た画像を作ってしまったのです。
「この絵は誰から来たのか」という問いそのものが、答えを持たない形に変わりつつあるのかもしれません。
論文自身も、個人や作家という単位で成り立たないのなら、残された可能性はもっと大きなまとまりの単位しかないだろうと書いています。
ひとりの作者ではなく、もっと大きな何かを一つの単位として数えたとき、失われた因果はふたたび見えてくるのかを探るという方法です。
ただ現状、どこまで大きければ機能するのか、その答えはまだ誰も持っていません。


































