尿には個体ごとの「においの名刺」があった
同じ個体の尿を繰り返し嗅がせると、猫が嗅ぐ時間は次第に短くなりましたが、別の個体の尿に替えると再び長くなりました。
しかも、この「慣れ」は月単位の間隔を空けても確認されました。
また、自分の尿より未知の猫の尿でフレーメンが多く起こり、同じ尿を繰り返すと反応は減少しました。
これらの結果は、猫が尿臭の違いを区別し、そのニオイを長期間記憶している可能性を示しています。
そして化学分析で見つかった13種類の分岐鎖脂肪酸は、その種類や比率が猫ごとに異なりました。
一方、同じ猫では採尿日が違っても比較的安定していました。
さらに、これらは比較的ゆっくり蒸発する「半揮発性」の物質で、25℃で24時間置いた尿でも個体ごとの特徴が比較的よく残っていました。
つまり複数の分岐鎖脂肪酸の組み合わせが、時間がたっても残りやすい「においの名刺」になっている可能性があるのです。
そして重要なのは、猫が本当にこの脂肪酸の組み合わせを区別できると確認されたことです。
分岐鎖脂肪酸以外の尿中脂質を同じ条件にして、分岐鎖脂肪酸だけを別個体由来の組成に替えると、いったん慣れていた猫が再び長く嗅ぎました。
尿全体の漠然とした違いではなく、分岐鎖脂肪酸の組成そのものが、猫にとって識別できる個体由来の情報を持っていたのです。
さらに研究者たちは、分岐鎖脂肪酸を含む脂質が腎臓皮質の細胞内にある「脂肪滴」に蓄積していることを突き止めました。
猫の腎臓に多くの脂肪滴があること自体は100年以上前から知られていましたが、その役割は分かっていませんでした。
今回の結果から、この脂肪滴が分岐鎖脂肪酸の「貯蔵庫」として働き、短期的な変動をならしながら、個体特有の組成を安定して尿へ供給している可能性が浮かび上がったのです。
関連する尿成分や腎臓の脂肪滴は、ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー、オオヤマネコ、イリオモテヤマネコなどでも確認されています。
一方、腎臓の脂肪滴から分岐鎖脂肪酸がどのように尿へ供給され、個体特有の組成が維持されるのか、その詳しい過程には今後の検証が必要です。
研究が進めば、猫の尿臭の制御や腎臓の脂質蓄積の理解に加え、希少なネコ科動物を尿から非侵襲的に識別・モニタリングする方法への応用も期待できます。
猫がニオイを嗅いだ後に見せるあの「変顔」は、ネコ科動物が交わす化学的な“名刺”を知るための重要な手掛かりだったのです。


































