楽しさを増やした正体は「注意」だった
では、なぜ言葉の捉え方を少し変えるだけで楽しさが増えるのでしょうか?
研究者らが注目したのは「注意」です。
人は、1つのことをしていると思うより、複数のことを同時にしていると思ったとき、その体験を少し複雑で、より注意が必要なものだと予想します。
その結果、実際に目の前の体験へ向ける注意も増えると考えられます。
これは、音楽を何となく聞き流している状態と、「いまドラムは何をしているだろう」「ギターはどう重なっているだろう」と意識して聴く状態の違いに近いでしょう。
研究では、絵画と音楽を組み合わせた動画でも、複数の体験として捉えた人ほど体験全体への注意が高まり、それが楽しさの増加につながることが示されました。
さらに研究者らは、この説明が本当に正しいのかを別の方法でも検証しています。
参加者に「あとで記憶テストを行い、成績が良ければ報酬がある」と伝え、最初から注意深く音楽を聴くよう促すと、複数の体験として捉えることによる楽しさの上乗せは見られなくなりました。
つまり、このテクニックの効果は「複数に分けて考えること自体」が魔法のように楽しさを生むのではなく、それによって注意が目の前の体験へ引き戻されることにあるようです。
効果がない場合も?
ただし、どんな体験でも楽しくなるわけではありません。
別の実験では、「スムーズに動くテトリスと心地よい音楽による楽しい体験」と、「壊れたように動くテトリスと不快な音楽による嫌な体験」が比較されました。
その結果、楽しい条件では複数の体験として捉えることで楽しさが高まりましたが、不快な条件では同じ効果は確認されませんでした。
むしろこの方法は、もともと楽しい体験の中に存在する細かな魅力を、注意を向けることでより多く拾い上げるための方法と考えたほうがよさそうです。
また研究では、複数の体験として音楽を聴いた参加者の55.45%がそのまま同じ音楽を聴き続けることを選んだのに対し、通常の捉え方をした人では36.36%でした。
単に「楽しかった」と答えるだけでなく、実際にその体験を続ける行動にも違いが現れたのです。
次に好きな曲を聴くとき、「音楽を聴く」とだけ考えるのではなく、ボーカル、ベース、ドラムを同時に聴いていると意識してみるのもいいでしょう。
料理なら、香り、味、食感をそれぞれ別の体験として味わってみることもできます。
私たちは楽しさが足りないと感じると、もっと面白い動画、もっとおいしい料理、もっと新しいゲームを探しがちです。
しかし今回の研究が示しているのは、新しいものを加えなくても、すでに目の前にある体験の「見方」を変えるだけで、そこから拾える楽しさが増えるかもしれないということです。
何気ない日常が少し退屈に感じたとき、必要なのは新しい刺激ではなく、1つに見えていた体験の中に隠れている「複数の楽しみ」に気づくことなのかもしれません。































