小便器の跳ね返り、死んだ蚊の口、子供の匂い
物理学賞 ―― 小便器の跳ね返りを抑える鍵は「30度」

物理学賞は、「跳ね返りのない小便器を設計しようとした理論と実験の試み」に贈られました。
受賞対象の論文は、カナダのウォータールー大学と米国のウェーバー州立大学の研究チームによるものです。
男性用の小便器は100年以上、形がほとんど変わらず、尿は跳ね返って床と使用者を汚してきました。
論文によれば、小便器の周囲の床のアンモニア濃度は、通常の便器の周囲の約100倍にもなります。
研究チームが実験で突き止めたのは、跳ね返りを左右する最大の要因は勢いでも量でもなく、「流れが壁に当たる角度」だということでした。
角度が約30度を下回ると、跳ね返りはぐっと減ります。
つまり、使う人が狙いに気を使わなくても、便器の形で解決できる問題だったわけです。
そこで研究チームは、流れが常に約30度以下で壁に当たるような曲面を、計算で設計しました。
生まれたのが、豊穣の角(穀物や果物があふれ出る角の形の飾り)に似た「コルヌコピア」と、オウムガイに似た「ノーチラス」という2つの小便器です。
従来の小便器がとくに跳ねるのは、流れの勢いが弱いときと強いときです。
この2つの条件で、ノーチラスは跳ね返りをそれぞれ85%、95%減らしました。
また論文では、新しい設計によって、跳ね返りを市販の一般的な小便器の1.4%まで、つまり98.6%減らせたとも報告しています。
(※なおこの研究については過去にこちらに記事になっています)
「絶対に一滴も跳ねない小便器」ではありませんが、数がそろえば効果は大きいと研究チームは見積もっています。
たとえば米国の非住宅施設だけでも、5,600万台を超える小便器があるとされています。
論文によれば、そこから床に飛び散る尿は1日あたり100万リットル規模で、すべてノーチラスに置き換えれば、その大半を防げるといいます。
さらに、飛び散った尿の10倍の水で掃除すると見込み、清掃に使う真水も1日最大1,000万リットル節約できると研究チームは推定しています。
ただし、これは試作品に水を流した実験で、実際の尿で確かめたものではありません。
研究の詳細は2025年4月に学術誌『PNAS Nexus』に掲載されています。
研究を率いたウォータールー大学のジャオ・パン氏は、論文に先立つ2022年、この設計プロジェクトを「私が思いつく限り最良の教材」と呼びました。
日常生活の問題でありながら、流体力学から工業デザインまで多くの話題を含んでいる、というのがその理由です。
技術賞 ―― 死んだ蚊の口が、市販の針より細い3Dプリンターのノズルになった

技術賞は、蚊の口吻を高解像度3Dプリンターのノズルとして使う「ネクロプリンティング」という手法を切り開いた研究に贈られました。
受賞したのは、カナダのマギル大学(McGill)のチャンホン・ツァオ氏やジエンユー・リー氏ら12人です。
材料をノズルから押し出す方式の3Dプリンターでは、細いノズルが細かな造形の鍵になります。
研究チームが比較した市販の最細級の金属ノズルは36ゲージ(針の太さの規格)で、内径は約35マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの1,000分の1)でした。
論文によると、価格は1本80ドルを超えます。
そこで研究者たちは、蚊が血を吸うための口に目をつけました。
蚊の口吻(こうふん)は内径が約20〜25マイクロメートルと市販の針より細く、しかも壁の厚さは1マイクロメートル未満です。
研究チームは冷凍した雌のネッタイシマカから口吻を取り出し、樹脂で固めて針の先に取り付け、そのままノズルとして使ってみました。
すると蚊の口から押し出された線の幅は18〜28マイクロメートルで、1ミリの約50分の1という細さでした。
市販の36ゲージの針に比べて、線の幅をおよそ半分にできると論文は述べています。
コストの面でも、蚊1匹は0.02ドル未満、組み立て済みのノズルでも約0.8ドルと、36ゲージの針の100分の1程度です。
ただし、生き物の材料であるため、寿命には限りがあります。
常温では少なくとも9日間は機能しましたが、14日目には30%が故障し、マイナス20度で保存した場合は1年後も使えました。
ツァオ氏は、「圧力が安全な範囲にとどまる限り、蚊の口吻は繰り返しの印刷に耐えることがわかりました」と述べています。
研究の詳細は2025年11月19日付で学術誌『Science Advances』に掲載されています。
嗅覚賞 ―― 親が子の匂いを快く感じる割合は、思春期を過ぎるとパートナーと同じ水準まで下がった

嗅覚賞は、「赤ちゃんは親にとってすばらしい匂いがするが、10代の子どもはそうではないという証拠を集めた」研究に贈られました。
受賞したのは、ドイツのイエナ大学のイローナ・クロイ氏と、ドレスデン工科大学やポーランドのヴロツワフ大学の研究者ら4人です。
研究チームは、ポーランドの親235人に、子ども367人の普段の匂いを思い浮かべながら、質問紙で評価してもらいました。
子どもの匂いを「快い」または「とても快い」と答えた親の割合は、乳幼児(4歳未満)で93.7%、思春期(9〜14歳)で83.8%、思春期後(14歳超)では75.2%でした。
思春期後の子どもの75.2%という値は、同じ親たちが自分のパートナー(配偶者や恋人)の体臭について、心地よいと答えた数値76.7%とほぼ同じです。
この調査では、思春期を過ぎたわが子の匂いの評価は、配偶者や恋人の匂いと同じくらいの位置に落ち着いていたのです。
一方、母親か父親か、息子か娘かによる差は見られませんでした。
ここで浮かぶのが、「近親交配(血縁の近い者どうしの生殖)を避けるために、思春期の子どもの匂いは親に不快になる」という仮説です。
もしそうなら、母と息子、父と娘といった組み合わせで評価がとくに下がるはずですが、そうした差は出ませんでした。
研究チームは代わりに、思春期に性ホルモンの変化で体臭の成分そのものが変わることを、理由の一つに挙げています。
研究の詳細は2017年に学術誌『Chemosensory Perception』(10巻3号)に掲載されています。


























