母乳を出すのに、胸の大きさは要らない

女性の胸がなぜふくらんでいるのか。
この問いに、多くの人が最初に思い浮かべる答えは母乳でしょう。
ところが、母乳を作るのに胸の大きさは必要ありません。
母乳を作っているのは、胸の中にある専用の組織(乳腺)です。
外から見えるふくらみの大きさを決めているのは、その乳腺のまわりにたまった皮下脂肪であって、乳腺の量ではありません。
母乳を出す仕組みと、胸がふくらんでいることは、別々の話なのです。
時間の流れで見ると、奇妙さがはっきりします。
胸がふくらみ始めるのは思春期。
最初の妊娠は、多くの場合その何年もあとです。
そして授乳が終わっても、ふくらみは消えません。
授乳とは関係のない時期に、母乳を作らない組織が増え、そのまま居座り続けるのです。
チンパンジーやゴリラといった大型類人猿でも胸が目立つことはありますが、それは授乳の初期に限られ、乳腺が活発に働くことで起きる一時的な変化です。
お乳を出さない時期までふくらんだ胸を保ち続けるのは、霊長類の中で人間の女性だけなのです。
おまけに、このふくらみには代償があります。
胸が大きいほど背中の痛みなどの不調が起きやすいことが知られており、体の設計としては明らかに不利です。
損のほうが大きい特徴は、ふつう進化のなかで削られていきます。
ところが人間の乳房は、不利益がはっきりしているのに残り続けています。
この謎には、これまで主に2つの説明が語られてきました。
1つは、ふくらんだ胸が健康さや子どもを産む力を異性に示すサインとして発達したという考えです。
ただ、胸をとくに性的なものとして扱わない文化も各地にあり、世界中どこでも通じる説明にはなっていません。
もう1つは、人類の進化の途中で皮下脂肪が増えた副産物としてまず胸がふくらみ、あとから異性へのアピールとして磨かれたという考えです。
どちらも、胸のふくらみを赤ちゃんの保温に結びつける説明ではありませんでした。
しかし胸には、もう1つの役目がありえます。
オウル大学のティーナ・クヴァヤ氏らの研究チームが目を向けたのは、生まれたばかりの赤ちゃんの「寒さ」でした。
人間の赤ちゃんは、とても冷えやすい生き物です。
人類はおよそ200万年前、体を覆っていた毛の大部分を失ったと考えられています。
その一方で脳は大きくなり、人間の赤ちゃんは生後18カ月のあいだに、チンパンジーの赤ちゃんより8.7%多いエネルギーを必要とすると見積もられています。
その上乗せ分は、大きくなった脳を育てることと、大きな頭から逃げていく熱を補うためだと考えられています。
毛皮を持たず、未熟なまま生まれ、頭から熱を失っていく人間の赤ちゃんにとって、それは大きな問題でした。。
特に火も衣服もなかった時代では、赤ちゃんにとっていちばん確実な熱源は母親の体でした。
熱が移るのは肌と肌が触れ合っている部分なので、触れる面が広いほど多くの熱が渡ります。
柔らかくふくらんだ胸は、赤ちゃんの体の丸みに合わせて沿うことで、平らな胸板の何倍もの接触面を得ることができ、冷たい空気にさらされる赤ちゃんの肌も減ります。
研究チームは、この赤ちゃんのための保温が人間の胸がふくらんでいる理由ではないかと考えました。
ただし、広く触れられることと、その面が温かいこととは別の話です。
どれだけ面積があっても、触れた先が冷たければ赤ちゃんは温まりません。
確かめるべきだったのは、胸そのものがどれだけの熱を持ち、寒さのなかでどれだけ保てるのかでした。





















