イライラの犯人は「社会的正しさへの同一化」
まき では、2番目の「社会的正しさへの同一化」というのは? というかこれって、もしかして『天気の子』の記事で出てきた話ですかね?
星乃 そうですね。2番目は1つ目のケースの発展形でもあるのですが、これを説明するためには、『天気の子』の考察記事でもお話した「自我同一性地位」の話をする必要があるんですよね。
まき 『天気の子』の記事を読んだ方には重複する内容になってしまいますが、ここでも「自我同一性」が絡んでくるんですか?ちなみに、「自我同一性」とは心理学者エリクソンの提唱した概念で、アイデンティティとも言われているものですよね。
星乃 そうですね。「自我同一性」とは、自分はこれまでもこれからも自分であり、「自分とは〜だ」という一貫した感覚のことです。人間は、通常13〜14歳前後からこの「自我同一性」確立のための課題に取り組むことになります。
まき 確か、その「自我同一性」を達成するまでに4段階があって、それを「自我同一性地位」というんでしたよね。
星乃 そうですね。「自我同一性地位」は心理学者マーシャの研究です。マーシャは、「自我同一性」を確立するには「危機」と「傾倒」という2つの条件を経験することが必要で、その経験の有無によって「自我同一性達成」「モラトリアム」「早期完了」「自我同一性拡散」の4段階に分かれると考えます。「危機」とは、それまで無意識に取り込んでいた親の価値観に対して迷いが生じ、このままでいいのかと疑問が生じること、「傾倒」とは何らかの考え方・価値観に積極的に関わることだと言われています。
まき そうでしたね。『天気の子』の記事では、その中でも、親の価値観を自分のものとしてそのまま生きてしまう「早期完了」が大きく関わってきましたが、今回のコロナウイルスでもそうなんですか?
星乃 そうですね。「早期完了」とは、1つ目のケースのように育ってきた子供が、「危機」を経験せず親の価値観をそのまま自分として生きてしまうということです。すると、児童期までで溜まってきたネガティブな感情や自分の弱さ、親の矛盾点などと向き合わずに生きることになります。そうするとまず、自分に不都合な現実を客観的に見ないという認知システムの癖が生じるんですよね。
まき ふむふむ。
星乃 そして同時に、自分の感情や欲求・本能など本質的な部分との繋がりが失われてしまいます。すると、本質的な確信や自信を持つことが難しくなります。そうなると、それを補填するために、自分以外の崇高なもの、例えば、国や思想、社会的正しさ、科学的知識、スピリチュアル、仕事や家族での立場、性別などに同一化して、自分の自己肯定感を上げようとするんです。
まき それが『天気の子』の記事で話した「社会的正しさ」への同一化ってやつですね。自分が「社会的に正しい」ということで自信を持ちたいから、ちょっとでもそれに反するもの、「買い占め」などを見つけると片っ端から叩こうとするわけですね。
星乃 そうですね。そして、「早期完了」の人達は、親を否定することは自分の存在基盤を否定することになってしまいますので、とにかく親やそれまで信じてきた権威、現状の維持が最優先事項となります。これは、「反出生主義」の記事でもお話しましたね。こうなると、現状のシステムが壊されるような現実はできれば見たくないものとなるので、現状の危機を周知させるような言動をする人を嫌い、批判するようになります。
まき それが「コロナ脳」とかですかね。もしかして、「検査は必要ない」ってやたら否定する人たちもそういうシステムが働いているのかな。
星乃 そういうケースもあるかもしれませんね。ただ、やっかいなことに本人たちはこのような認知システムが働いていることに無意識で、指摘されても「そんなことはない。私はみんなのために必要だからやってる」と否定する人がほとんどです。
まき たしかに。もしかして、今流行りの「毒親」が、子供に過去の行いを批判されても絶対認めないってケースもそうですかね。
星乃 そうですね。毒親になる人は多くが「早期完了」の状態で、自分たちの親を否定出来ないので、子供は親に従うべき、甘えは許さない・ズルい・子供は自分で努力すべき=自己責任という考え方に無意識的に陥りますよね。でも、あくまでも無意識で、自分では「子供のために一生懸命やってる」と思っています。無意識のシステムを認めると自我が維持できないので絶対に認めませんね。
まき ですよね。自我同一性って単なる心理学の理論の1つっていうイメージでしたが、現在のいろんな社会問題にそんなに影響しているなんて驚きですよね。自分の本質的な部分と繋がっていないことから、いろんな傾向が出てくるんだ。