被曝の影響は子供に伝わらない
研究チームは今回、チェルノブイリ原発事故で被曝した両親から、1987〜2002年にかけて生まれた子供130人を対象にゲノム解析をしました。
被験者の両親の内、少なくとも片方は、当時の汚染地域内の清掃作業に携わっていたか、チェルノブイリに近い町にいた被爆者です。
この研究では、特に「デノボ変異(de novo mutation)」と呼ばれるタイプの突然変異に着目しました。
これは、親の精子あるいは卵子で発生した突然変異の結果、親にはない遺伝子の変異を子にもたらすものです。
しかし解析の結果、被爆者の子供にデノボ変異の増加が見られなかったことから、放射線はヒトの生殖細胞のDNAに世代を超えて影響しない、と結論づけられました。
研究主任のスティーヴン・チャノック氏は「この結果は、2011年の福島第一原発事故で被曝した人々にとって心強いものと考えています。
日本での放射線量は、チェルノブイリで記録されたものより低かったので、本結果は一層信頼できるものである」と述べています。
研究チームは、これとは別に、放射線への被曝が「甲状腺乳頭がん(PTC)」のリスクを高めるメカニズムも調査しました。
研究論文は、同じく4月22日付けで『Science』に掲載されています。
当時、事故現場の付近ではPTCの発症率が急激に増加しましたが、放射線とPTCの関連性は解明されていませんでした。
チームは、子供の頃あるいは母親の胎内でチェルノブイリの放射線に被曝し、かつPTCを発症した359人から、甲状腺腫瘍、正常な甲状腺組織、血液のサンプルを採取し、分析。
それと同時に、被曝とは無関係のPTC患者81人にも同じ調査をし、データを比較しました。
その結果、両グループのPTC腫瘍の大部分は、「MAPキナーゼ(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ)」という特定のシグナル伝達経路に関連する少数の遺伝子群の変異が原因であると判明しています。
しかし、遺伝子に生じた変異の種類は、PTC腫瘍が被曝の影響を受けたか否かで違っていました。
被曝していない人のPTCは、MAPキナーゼ遺伝子の塩基対が1つだけ変化する「点突然変異(1塩基置換)」で発症する傾向にありました。
一方、それに対して被爆者は、DNAの二重らせんの両鎖が壊れて、誤った場所で再び結合する遺伝子融合によって生じる傾向にあったのです。
これは、放射線のエネルギーがDNAの化学結合を破壊するために起こるもので、ある種の遺伝子変異が起こる可能性が高くなります。
研究チームは、これを受け「DNAの二重鎖切断が、被曝後のPTC腫瘍の成長を起こす、初期の発がんイベントであることが示された」と結論しています。