明所で有効な視物質を「暗所に適応」させていた
まず注目した点は、錐体視物質の「光がある時に反応する性質」ではなく、 「光がない時に反応してしまう性質」です。
光センサータンパク質はふつう、光がある時に反応しますが、まれに光がない時に誤って反応してしまう場合があります。
こうした反応は「ノイズ」と呼ばれ、わずかな光に敏感に反応しなければならない「暗所での視覚」の妨げとなります。
そこで、暗所で働くロドプシンは、ノイズ反応を抑えて、暗所での視覚を安定させることが知られていました。
そして、夜行性ヤモリの桿体で働く錐体視物質を調べた結果、数個のアミノ酸が置換されていることが判明。
それによって、ロドプシンと同様にノイズ反応を低く抑えて、「暗所での視覚」に適した性質を持たせていました。
つまり、夜行性ヤモリは、本来なら「明所での視覚」を担っているはずの錐体視物質の性質を「暗所での視覚」に適応させていたのです。
結果として、夜行性ヤモリは、暗がりで働く3種の桿体を利用し、「暗所での視覚」という特殊能力を獲得したと結論できます。
日本のヤモリは主に夜行性ですが、熱帯地方には「ヒルヤモリ」と呼ばれる昼行性の種がいます。
ヒルヤモリは、夜行性の種から独自に進化したグループです。
彼らの眼は、明所で働く錐体のみを3種持ち、その中では、赤・緑・紫の光をよく吸収する錐体視物質が働いています(上図)。
ヒルヤモリの錐体視物質も調べたところ、夜行性とは反対に、高いノイズ反応を示して、「明所での視覚」を高めていることが示されました。
要するに、昼行性のヤモリは、夜行性からの進化の過程で、錐体視物質を再び明所に適応させたと考えられます。
以上のように、ヤモリは自らの生活環境に合わせて、柔軟に色覚能力を変化させていることが分かりました。
自然界には、ヤモリの他にも生活リズムによって視覚能力を変えている生物がいます。
本研究の成果は、こうした生物の眼の仕組みを理解するための重要な土台となるでしょう。