実験によって異なってしまう中性子の寿命
現在、中性子寿命は二つの実験手法によって、高い精度で測定されています。
一つは中性子を磁場中に閉じ込めて、一定時間後に崩壊ぜずに残った中性子の数を数える方法で、この実験の結果では寿命は879.4±0.6秒(大体14分39秒)とされています。
もう一つの実験は、中性子をビームにしてパイプ中を飛行させ、その崩壊頻度を測る方法で、寿命は888.0±2.0秒(大体14分48秒)とされています。
これらの実験は、複数の研究チームによりそれぞれ何度か測定が個別に行われていますが、なぜか約8秒近くも結果がズレてしまうのです。
物理学の話題となると、普段はナノ(10億分の1)秒単位で時間がずれても大問題と言われることが多いのに、8秒はいくらなんでもずれ過ぎです。
素粒子どころか小学生が50メートル走ることも可能な時間です。
これはデータから寿命を導く際の、補正の方法や不確かさの見積もり方が異なっているからだと思われています。
それだけ、中性子の寿命を正確に測定することは難しいということなのです。
そのため、できる限り精度を高めて、正確な中性子の寿命を測定しようという研究が世界のあちこちで進められているのです。
今回の研究チームは、上の解説では先に紹介した、超冷中性子を容器に捕獲するという方法を採用し、現在もっとも精度の高い正確な測定を成功させたと報告しています。
その実験装置は米国ロスアラモス国立科学センターに設置されていて、数千個の永久磁石を並べたボウル状の容器に、ほぼ絶対零度まで冷却した中性子を浮遊させて捕獲します。
磁場は中性子の脱分極化を防ぎ、重力と合わさって中性子が逃げないように捕縛し、最大11日間中性子を保存することが可能な設計だそうです。
この装置を使い、今回の研究チームは2017年から2019年にかけて、捕獲した中性子を30分から90分貯蔵し、決められた時間後に残った粒子数を数えていきました。
彼らはこの繰り返しの実験で、4000万個以上の中性子を数え、これまででもっとも高い精度で中性子の寿命を決定する、十分な統計データを取得したのです。
その結果は、研究者らの分析によると、877.75±0.28秒(14分38秒)程度だといいます。
この更新がいかに大きいことであるかは、私たちにはなかなか理解しづらいものがありますが、中性子がどの程度存在できるかという問題は、宇宙の進化を理解する上で重要な情報となります。
ビッグバンの後、冷えてきた宇宙は陽子と中性子で満たされていました。
このとき、中性子がどの程度生存できたかという正確な数字は、その後の宇宙にどれだけの元素が誕生したかを決定する重要な情報になります。
また、クォーク(陽子や中性子のもとにもなる素粒子)の振る舞いを説明する小林・益川行列と呼ばれる理論の妥当性を検証するためにも、中性子の正確の寿命が必要になると言われています。
これが解決されると物理学の標準モデルにも重要な影響を及ぼします。
今回の発見から、物理学が大きく進展する可能性もあるかもしれません。