ホーキング放射的な量子蒸発は日常物体へ拡大できる

ブラックホールがやがて蒸発して消える――そんな驚くべき理論を1970年代に提唱したのが、故スティーブン・ホーキング博士でした。
ホーキング博士は1975年、量子効果によってブラックホールの近傍から粒子や放射線が放出されうることを示し、ブラックホールも少しずつエネルギーを失って縮小していくという仮説を発表しました。
これは「ホーキング放射」と呼ばれる現象で、当時の常識(古典的な一般相対性理論ではブラックホールの事象の地平線面積が減少せず、ブラックホールは基本的に「小さくならない」と考えられていた)を覆す革新的なアイデアでした。
ホーキング放射によれば、ブラックホールでは事象の地平線(脱出不能の境界)の付近で粒子のペアが突然現れ、一方がブラックホールに飲み込まれ、もう一方が外へ飛び出すことがあります。
その結果、ブラックホールはごくゆっくりと質量を失い、最終的には完全に「蒸発」してしまうと考えられています。
近年、このホーキング放射の概念をブラックホール以外にも拡張できるのではないかと注目されるようになりました。
2023年には、ラドバウド大学のハイノ・ファルケ教授(ブラックホール物理学者)、マイケル・ヴォンドラック博士(量子物理学者)、ヴァルター・ヴァン・スイレコム教授(数学者)からなる研究チームが、「中性子星のような他の天体でもブラックホール同様に蒸発しうる」ことを理論的に示唆したのです。
この先駆的な研究は大きな反響を呼び、「では具体的に他の天体が蒸発し尽くすにはどれほどの時間がかかるのか?」という疑問が科学界内外から寄せられました。
そこで今回研究者たちは、ホーキング放射と同様の量子効果に由来する重力ペア生成が宇宙全体の寿命に与える影響を定量的に評価し、恒星の残骸(白色矮星や中性子星など)の寿命に上限を与えることを目的として研究を行いました。