重力を計算資源にする「時空コンピューター」の基礎理論が発表
重力を計算資源にする「時空コンピューター」の基礎理論が発表 / Credit:clip studio . 川勝康弘
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重力を計算資源にする「時空コンピューター」の基礎理論が発表

2025.06.09 18:30:48 Monday

重力そのものを利用して計算を行うコンピューター――SFでしかありえないような未来像に、物理学者たちが小さな現実の一歩を刻みました。

ベルギーのブリュッセル工科大学(ULB)で行われた研究によって、量子もつれを暴く式をヒントに、「時空が動くかどうかを一発診断する鋭い不等式」が報告されたのです。

この不等式は「ベル不等式が量子もつれが起きているかを判定するように、時空の曲率変化による通信成功率の変化を判定する」のです。

何やら突拍子のない話に思えますが、研究者たちは重力レンズのように曲がる通信経路を利用できれば、従来は光速と因果順序に縛られていた情報リレーの壁を超え、「重力を計算資源にする時空コンピューター」さえ理論的には可能になると述べています。

あえて大胆に流れを簡略化すれば「質量を動かす ➔ 時空がゆがむ ➔ 信号の通り道が変わる ➔時空が動くかどうかを一発診断する鋭い不等式が反応➔ 「壁越え」は動く重力が原因だと数学で確定 ➔ 重力を ON/OFF すると通信結果を操作できる ➔ 因果の並びをねらって変えられる ➔ 重力が情報のスイッチになる ➔ 重力を計算資源に利用できる」という感じになるでしょう。

重力を“計算資源”として利用するSF「時空コンピューター」の基礎理論を覗いてみませんか?

研究内容の詳細は2025年05月13日に『Physical Review A』にて発表されました。

Möbius games and other Bell tests for relativity https://doi.org/10.1103/PhysRevA.111.052211

“曲がる時空”が限界を突破する

“曲がる時空”が限界を突破する
“曲がる時空”が限界を突破する / Credit:clip studio . 川勝康弘

1964年、物理学者ジョン・ベルは量子力学の奇妙な性質を検証する方法として「ベルの不等式」を提唱しました。

この不等式は、「隠れた古典的な仕組みで説明できる現象なら、ある確率の壁を超えることはない」という制限を与えるものです。

例えば離れた場所にいるアリスとボブがそれぞれコインを投げ、ある条件下で表裏の結果が一致する確率を考えます。

古典物理でどんな工夫を凝らしても、その一致確率は最大でも75%(3/4)にしかなりません。

ところが量子力学でもつれた粒子(量子もつれ)を使うと、この確率は約85.4%にまで高まります。

ベルの不等式が示す「3/4の壁」を超えてしまうのです。

この壁の違反こそが「古典的な隠れた変数では説明できない量子もつれが存在する」という動かぬ証拠になります。

言い換えれば、ベル不等式は量子もつれの証明書なのです。

では重力の世界ではどうでしょうか?

アインシュタインの一般相対性理論によれば、大きな質量が動くと時空(空間と時間の構造)が歪み、その歪み(曲率)はや信号の伝わる順序にも影響を与えます。

重い天体の移動に伴い、ある出来事の「前後関係」が変化してしまう可能性さえあります。

これまでこの「時空の変化」と「情報の流れ」の間にどんな制限や法則があるか、厳密に結びつける数学的枠組みは存在しませんでした。

研究チームによれば、「時空の変化と情報の流れを結ぶ厳密な数式は、これまでなかった」のだそうです。

ベルの不等式という明快な指標が量子の不思議を暴いたように、重力と情報にも同様の指標を作れないかという発想が、この研究の出発点でした。

「ベル不等式は量子もつれの証明書。ならば時空の曲がりにも証明書を作れないか?」と考えたのです。

こうした疑問に答えるため、研究チームは一般相対論版のベルテストとも言える理論的実験をデザインしました。

その議論は想像上の極端なシナリオから始まります。

例えば、離れた二人の通信を邪魔するように、Aさん(アリス)が惑星を丸ごと動かしてBさん(ボブ)とCさん(チャーリー)の間に割り込ませる――まるで光の経路をねじ曲げるような大胆な操作を思い描いてみましょう。

このように人為的に時空(重力場)を操作できれば、情報が伝わる順序を変えたり、通常では届かない信号を届かせたりできるかもしれません。

しかし一般相対論の範囲でそれが本当に可能なのか、可能だとすればどんな条件で起きるのか、明確な数学的基準はありませんでした。

「物理の神秘で計算するなら、一般相対論だって使ってみようじゃないか」――量子の次は重力だ、というわけです。

研究チームは一般相対論下での因果関係(出来事の順序)の変化を捉える理論ゲームを構築し、静的な時空では決して超えられない勝率の上限を導き出すことにしました。

次ページ重力と時空が計算機になる日

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