重力と時空が計算機になる日

提案されたのは「メビウスゲーム」と名付けられた多人数同時参加型の思考ゲームです。
「メビウスゲーム」は、時空の“ねじれ”を暴くかくれんぼだと思ってください。
舞台には 6 人以上のプレイヤーが並び、結び目をひとひねりした“メビウスのはしご”の上を情報が渡っていきます。
ルールは単純――審判が毎回ランダムに「送り手」と「受け手」の 2 人を指名し、送り手だけにこっそり 0 か 1 のビット x を教え受け手はほかの仲間と光速以下の通信だけを頼りに、この隠しビットを当てればチームの勝ちです。
ここで効いてくるのが因果順序、つまり「誰のメッセージが誰に先に届くか」という時間的ならびです。
アインシュタインの特殊相対論が支配する静かな宇宙では、光より速い連絡はできませんから、送り手→受け手の一本道を外れる“ショートカット”はありません。
数学的に突き詰めると、この静的な並びを前提にした最善策でも 12 回に 1 回は必ず外す ことが示され、統計上の勝率は 11/12――およそ 91.7 % が絶対の天井になります。
これが「11/12 の壁」です。
ベル不等式で言えば古典理論が 75 %の壁を越えられないのと同じ役割を果たしています。
重要なのは、この「11/12の壁」が一般相対論の世界では破れる可能性があるという点です。
もし何らかの方法でゲームの勝率を91.7%より高く叩き出せたなら、それは静的な因果構造では説明がつかない、すなわち背後で時空自体が動的に変化したことを意味します。
研究チームは、この11/12を上限とする不等式こそ、重力場(時空の曲率)の変化を暴き出す新しい指標になると考えました。
言い換えれば、この不等式は「勝率11/12の壁を越えられたら、そこには必ず質量が動いている」と告げているのです。
実際に上限を超える違反が観測されれば、その瞬間に質量の移動(例えば大きな物体を動かしたか、重力波が通過したか)が起きて時空が変化した証拠となります。
ではなぜ“メビウス”なのか?
紙テープをそのまま輪にすれば内側と外側の二面があり、人はどちらか一面しか歩けません。これは因果順序が一方向に固定された静的時空のイメージです。
ところがテープを半回転ひねって輪にすると、内側と外側がつながったメビウスの帯になり、歩いているうちにいつの間にか裏へ抜け、やがて表に戻ってきます。
もしプレイヤーの誰かが巨大な質量を動かして近くの時空をわずかに曲げられたら、光や信号が進む道筋もこの帯のようにねじれ、通常は閉ざされている“裏面ルート”――送り手から受け手へ直接届かないはずの経路――が一瞬だけ開通します。
そのときゲームの統計は 11/12 を突破し、「時空の並びが途中でねじれた」というサインが残るのです。
要するに、91.7 %を超える成績が観測された瞬間、「誰かが巧妙にプレイした」のではなく、「そもそも盤面=時空が動いた」ことが分かる――それがメビウスゲームのキモです。
理論上はブラックホール近くでの質量移動や通過する重力波が“裏面ルート”を開ける候補ですが、まだ実験方法は模索段階です。
にもかかわらず、この 11/12 の数値はベル不等式と同じく装置や測定の詳細を一切問わずにチェックできる“赤信号”となり得ます。
未来に本当に壁破りの統計が出たなら、そのとき私たちは「重力を使った情報処理」というSFの扉がわずかに開いた瞬間を目撃することになります。
研究チームは論文中で、この一般相対論版ベルテストの実験可能性についても議論しています。
現実に違反を達成するには、プレイヤーの一人(例えばアリス)が自分の重力場を操作できるような極端な状況が必要になるでしょう。
とはいえ著者らは、「一般相対論的な違反は実現可能である」と示唆しつつ、そのためにはさらに厳密な相対論的解析が不可欠だと述べています。
今後の課題として、完全な一般相対論的フレーム(重力理論フレーム)でこのゲームを記述し直すこと、そして実際に重力の効果で不等式違反が起きるか定量的に検証することが挙げられています。