ゴムを黒くすると強くなる理由は謎だった

実際100年あまり前、タイヤは黒くありませんでした。
当時のタイヤは、ゴム本来の色に近い、白っぽい灰色をしていたのです。
ところが20世紀のはじめ、ゴムにカーボンブラック――要するに、上質なすす――を練り込んでみた技術者たちが、思いがけない事実に気づきます。
タイヤの寿命と丈夫さが、それまでとは桁違いに伸びたのです。
硬さが10倍以上に跳ね上がることも、珍しくありません。
それ以来、タイヤは黒くなり、その黒は今も主流であり続けています。
つまりあの黒は、ゴムを強くしている“張本人(カーボンブラック)”が、そっくりそのまま目に見えているのです。
しかし肝心の、なぜそれが効果を発揮するかは、確定していませんでした。
長らく「第一容疑者」とされてきたのが、「ガラスの橋」説です。
カーボンブラックの粒の表面には、軽い“ねばつき”があります。
これが近くのゴム分子をつかまえて、動けなくする。
すると粒のまわりのゴムが、まるでガラスのようにカチッと固まった硬い殻になります。
その硬い殻が、粒と粒のあいだに橋を架け、セメントのように全体を固めて、引っ張りに踏ん張っているのではないか――。
動機も手口もそろった、いかにも“犯人”らしい仮説です。
直感的にも分かりやすく、長く有力視されてきました。
ところが、この容疑者には、なかなか崩せないアリバイがありました。
ガラスのように固まるのは、粒のごく近くだけ。
しかもタイヤが実際に使われる温度では、その“ガラスらしさ”はかなりゆるんでしまいます。
にもかかわらず、材料はしっかり強いまま。
「硬い橋がのり付けしているだけ」では、どうにも説明のつかない事実が、長年積み上がっていたのです。
第一容疑者は、少なくとも“主犯”ではなさそうです。
では、本当の主役はいったい何なのか。
長いあいだ、私たちは分かっているようで、筋の通った説明はついていない素材を使い続けていたのです。
「粒子の動きを調べるなら、電子顕微鏡を使えばいいのでは?」と思う人もいるでしょう。
しかしそう簡単ではないのです。
ゴムの中で起きていることは、ナノサイズの世界の、目にも留まらぬ出来事です。
顕微鏡で覗いても、引き伸ばされる一瞬の粒と分子の動きを、そのまま見るのは極めて困難です。
さらに、調べるべき要因も複数ありました。
粒同士のつながり、粒のまわりのゴムの動き、粒とゴムの間の見えないのり付け――強くする要因の候補は何種類もあって、しかも本物のゴムの中では、それらが団子のように重なって同時に起きています。
そのうち何割を誰が担っているのかは、現実のゴムを引っ張ってみても切り分けられなかったのです。
100年の論争が決着しなかったのは、容疑者を見分けられない、その構造のせいでした。
そこで研究チームが持ち込んだのが、コンピューターの中にゴムと粒を分子レベルで組み上げ、一粒ずつ動かして再現する「分子動力学シミュレーション」でした。
シミュレーションと言うと単なる予測と思うかもしれませんが、現実の実験では切り分けが非常に難しいこと――ゴムが受け持つ力と、粒が受け持つ力を、別々に分けて測ること――が、計算の中でならできます。
相互作用の強さや粒の量を、ひとつだけ変えて確かめ直すこともできます。
つまりこの手法は逃げではなく、100年も実験では切り分けられなかった要因を、初めて一つずつ分離して取り出せる方法なのです。
土台にしているのは、長年使われてきた標準的なゴムの分子モデルと、先行研究でゴムのふるまいを再現できると確かめられてきた枠組みです。
この確かな土台があるからこそ、分子レベルで何が起きているかを覗き込めるのです。
結果、見えてきたのは、教科書が語ってきた筋書きとは、まるで違う光景でした。





































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