真空は「沸き立つ海」である

物質をどんどん細かくしていくと、最後は原子よりもずっと小さな素粒子にたどり着きます。
なかでも、陽子や中性子といったあなたの体を形作る粒の中身を担っているのが、「クォーク」と呼ばれる素粒子です。 あなたの体も、机も、星も、その根っこをたどれば原子核の中のクォークに行き着きます。
ところがクォークには実は6種類あり、陽子や中性子などに使われているのは「アップ」と「ダウン」という2種類の、いちばん軽くてありふれたクォークです。
残りの4種類(チャーム、ストレンジ、トップ、ボトム)は、普段は姿を見せない、少し珍しいクォークたちなのです。
しかし、この本来なら珍しいクォークたちが、意外な場所に顔を出します。
それが、真空のゆらぎです。
何もないはずの真空にも、ごく微細なエネルギーのゆらぎが絶えず走っています。
そのゆらぎの正体こそが、エネルギーがほんの一瞬だけ粒子の姿を借りて現れ、すぐに消えていくという奇妙な現象。
このとき今回の研究で主役となるのが、”ストレンジ(奇妙)”という名前を持つこのクォークと、その相棒である反ストレンジクォークです。
ただその寿命はあまりにも短く、一秒を一兆回に分けた、そのさらに一兆分の一にも満たないほどの一瞬。
生まれて、消えて、また生まれて、消えて──。
現れたそばから消えていくこのつかのまの存在を、物理学者は「仮想粒子」と呼びます。
水面にぷくっと浮かんで、すぐに弾けてしまう小さな気泡、そんなイメージに近いでしょう。
とはいえ、これまでこの一瞬の気泡を、誰ひとりとして実験で掴まえた人はいませんでした。
理論の計算式の中ではたしかに存在が予言され、実在を示す間接的な状況証拠もいくつも積み重ねられてきました。
しかし、その姿を「まさに生まれた瞬間の粒子」として捉えた者はいない。
真空の内側は、長らく人類にとって、どうしても最後のひと押しで手が届かない領域だったのです。
そこで研究者たちは力技を試しました。































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