物理法則を理解しているイヌ
私たちは物体がどのように動くのかというルールを理解しています。
人間はそれを定式化して、物理学という学問を生み出していますが、そうした理解や学習はどこから始まるのでしょうか?
地球に暮らす他の動物達は、この法則を理解しているのでしょうか?
今回の研究はこうした疑問から、イヌに物理法則に違反したアニメーションを見せどう反応するかを調査しました。
研究者の1人ウィーン獣医大学のクリストフ・フェルター( Christoph Völter )氏は、「ここに学びの原点があるかもしれない」と語ります。
「私たちは、動いている物体を見るとき、物理の法則性に従った動きを期待します。
もしそれが、期待と異なる動きを見せた時、私たちは一体そこで何が起きているのか、より注意深く見ようと反応します。
生後と約6カ月の赤ちゃんやチンパンジーで実験すると、彼らは物理的な動きに対する「期待違反」を確認したとき、対象を長く見つめるようになるのです」
また人間は計算などの負荷が掛かった場合や、驚いたときに瞳孔が広がるという反応を示すこともわかっています。
そして、イヌも同様の反応を見せるようで、怒っている人間の顔を見たときイヌは笑顔の人を見ているときより瞳孔が広がるという報告があります。
そこでフェルタ-氏らは、14匹の成犬に物理法則に従わないボールが転がる3Dアニメーションを見せるという実験を行いました。
イヌたちには、顎を台に乗せた状態で、モニタをじっと見つめるという訓練を行い、このときのイヌたちの視線や瞳孔の状態を調べたのです。
モニタにはカラフルな3Dボールの簡単なアニメーション動画が、ランダムな順序で映されていきます。
ある動画では、転がったボールが止まっている2番目のボールにぶつかって動き出すという、ニュートン力学に従った動きを見せます。
しかし別の動画では、ボールは2番目のボールまで届かずに停止してしまいます。にも関わらず、2番目のボールが何故か突然転がりだすという、物理法則に反した動きを見せます。
すると、イヌたちは物理法則に違反した2番目のボールを、より長く注視するという反応を見せたのです。
イヌたちは一貫して、この物理法則に違反したボールを長く見つめるという反応を示しました。
これは、イヌが暗黙的な理解の上で物理法則を理解していて、その動きを予想していることを意味しています。
だから彼らは期待と異なる動きを見たときに、何かがおかしいと気付き注意深く観察するのです。
もちろんこれは、イヌが複雑な物理計算をしていると言いたいわけではありません。
「これは一種の直感的な理解を示す事例です」と研究者のフェルタ-氏は述べています。
物体に期待する動きとは、物理法則に従う動きの予測であり、それをイヌたちは直感的に感じ取って世界を理解しているのです。
人間でも、生後7カ月以上の乳児は、環境に対する期待を持っていて、この期待に違反していないかどうかを検出することができます。
こうした期待に基づいて、彼らは世界を構築し、世の中への理解を深めていくのです。
イヌがボールを追うのが得意なことを考えれば、これはそれほど驚くことではないかもしれません。
イヌを飼っている人ならば、ボールを投げるふりをするだけで、イヌがその予想される軌跡を追うように首を動かす姿はよく目にしていることでしょう。
彼らが期待に違反した予期せぬ情報を得たとき、それをどのように使用しているかはまだ調査されていません。
しかし、こうした直感に対する違和感や疑問が、私たちの知性の原点となっているのかもしれません。